彼が力を尽くす理由

「ふふふ……ね? アルシードを殺したのが僕だっていうのは、嘘でもなんでもないんだよ?」



 壮絶な過去を語ったジョーは、そこでうんざりと息を吐き出した。



「……で、ここまではよかったんだけど、過激なことを言いすぎたせいで警戒されちゃったみたい。あいつの身長に追いつくまでは、療養による休学って建前で人前に出ないようにしてたんだけど……その間、監視のために宮殿本部に缶詰め。家族みんなで、宮殿本部に住んでるような状態だったよ。僕がやたらと各所の上層部と親しいのは、そういうわけ。」



 これまでの話には到底合わない、柔らかな表情をしているジョー。

 キリハはそんな彼に、複雑な思いを噛み締めるしかない。



 兄への復讐のために、他でもない自分自身を殺す。

 そこまで思い切った手段に出られる大胆さと、それを大人たちに飲み込ませた頭脳の高さ。



 とても、当時九歳だった子供の考えや行動だとは思えないけれど、こうして実際に兄と入れ替わったアルシードが目の前にいるわけだ。



 むしろ今までの彼を思い返せば、彼がアルシードじゃないと否定することの方がおかしいと思う。



 普段から彼は、誰も追いつけないほどの能力を見せつけていた。



 それに今の話を聞いていて、彼が元は天才科学者だったという証拠に繋がりそうな疑問が、自分にも一つ出てきたのだ。



「ねぇ……血液薬を使うようになってから、しびれ薬や眠り薬の効き目がやたらとよくなったじゃん? 検査の時にオークスさんが、気まぐれな猫が昼寝から起きたんだって言ってたけど、まさかそれって―――」



「さあ? 僕からは何もしてないよ。」



 彼は最初、そう言って自分の関与を否定した。

 しかし。



「ただ……あのたぬき親父が、僕が捨てたメモをしれっと回収してた可能性は、ゼロじゃないと思うけどね。」



 最終的な回答は、遠回しのイエス。

 彼の抜け目ない性格を考えると、メモを〝捨てた〟という言い方も裏があるように思える。



 これまでのしびれ薬や眠り薬に、血液薬の成分を組み込んで効果を飛躍させた。

 十中八九、オークスが語っていたこの仕組みを生み出したのはジョーだ。



 それが察せられたからこそ、余計にせなくなったことがある。



「どうして、そんなことをしたの?」



 訊ねる。



「アルシードは前に、自分は気まぐれに動く人間だから、明日にはここにいないかもしれないって言ったよね? でも俺には……アルシードが誰よりも、ここを守るために一生懸命なように見える。本当に、ただ面白そうだからって理由だけで、ドラゴン部隊に来たの?」



 これは、今ふと思いついたような疑問じゃない。



 彼に初めて〝僕を信用しすぎないように〟と忠告を受けた日から、この胸にずっと違和感のおりを落とし続けている疑問だ。



「はは……当然のように、僕をアルシードって呼んでくるんだね。まあ、君ならそうするか……」



 ちょっと困ったように眉を下げた彼は、すっと表情を研ぎ澄ませる。





「ランドルフ上官との契約なんだよ。ディアと一緒に、ドラゴン部隊を―――ターニャ様を守る剣と盾になれってね。」





 その答えは、全然想像にないものだった。



「え…? ランドルフ……さんとの?」



 びっくりしながらも言葉の意味を理解した結果、総督部の人間である彼の名前に、思わず〝さん〟をつけてしまった。



 ジョーはこくりと頷く。



「あの人はいわゆる二重スパイ。総督部序列第二位としてジェラルド総司令長の命令に従いつつも―――その命令にかこつけて、僕たちに有利なように状況を操作したり、ターニャ様の敵となりえる勢力を芽の内に摘み取っている、神官の番犬だよ。」



「神官の……番犬?」



「そう。あの人の目的は、総督部を排除して、神官の立場を正当かつ強固なものとして確立させること。フール様と組んでターニャ様に知恵を与えたのも、ターニャ様の強力な切り札としてディアと僕をドラゴン部隊に送り込んだのも、あの人だよ。」



「だから、ターニャやディア兄ちゃんを助けるために……」



「おっと、誤解しないで。言ったでしょ? これは〝契約〟だって。」



 彼は今度のキリハの言葉に、はっきりと否を告げるように首を横へ。



「僕が誰よりも一生懸命? 当たり前だよ。なんたって、報酬が破格だからね。」



「報酬…?」



「キリハ君。これまでの話を思い出して、よく考えてほしいんだけど……僕の計画にはね、どうしても無視できない大きな穴が一つあるんだ。」



「大きな、穴…?」



 そう言われても、生憎あいにくと自分の残念な頭ではすぐに思い至らないわけで。

 難しそうに顔をしかめるキリハに苦笑して、ジョーはもったいぶらずに答えを述べた。



「いるでしょ? 僕から事情を聞いた人たちの他に、十五年前に死んだのがアルシードじゃないって知っている奴らが。」



「………あっ!」



 そうだ。

 彼の言うとおり、十五年前の真実を知る人々が他にいるではないか。





「そう―――僕をさらってジョーを殺した、テロ組織の奴らさ。」





 ジョーの微笑みに、暗い色が滲む。



「ランドルフ上官との契約はこう。僕がターニャ様の勢力拡大に貢献すればするだけ―――僕の拉致らちに関わった人間を、ランドルフ上官が一人ひとり抹殺してくれる。」



「………っ」



「組織の幹部クラスの人間が刑務所から出所するのはまだ先だけど、下っ端クラスの奴らは刑務所から出てき始めている。計画をより完璧にするためには、そいつらの口をどうにか塞がなきゃいけない。相手は国外だし、どう脅したもんかって考えてたけど、ランドルフ上官から動いてくれて助かったよ。こんなにも美味しいえさを与えられたら、そりゃあ喜んで働きますって。」



「………」



 機嫌をよくして語るジョーにキリハが向けるのは、心底複雑そうな顔。

 そして、どこか納得していない顔だ。





「―――それだけじゃないと思う。」





 キリハの口から零れたのは、ある面においてジョーを真っ向から否定する言葉だった。


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