自分を殺した瞬間

「どうせ、今後の僕に幸せなんてありやしない。」



 機械のように、無機質な音声。

 それがただ空虚に、この口から流れていく。



「僕は金輪際、科学の道には進まない。白衣なんて、二度と着ない。」

「アルシード……」





「アルシード・レインはね―――ジョー・レインと一緒に、確実に死んだんだよ。」





 そう。

 肉体が無事だとしても意味はない。



 この心はすでに、復讐の一歩を踏み出した時点で死んでいるから。



「まあでも、みんなが認めてくれないだろうなーってのは、予想してた。」



 肩をすくめて、僕はやれやれと息をつく。



 やっぱりこうなるよね。

 僕が考えることが普通じゃないことは、これまでの生活からもなんとなく分かっていたさ。





「だから―――僕が勝手に、色々と処理しといたよ。」





 にやり、と。

 僕が浮かべた暗い笑みに、父さんがぞっと背筋を震わせた。



「た、大変です!!」



 まさに絶妙なタイミングで、先ほど出ていったケンゼルさんの部下が大焦りで戻ってくる。



「報道各社から、問い合わせが殺到しています! アルシード君が事故死したのは本当なのかと!!」

「な…っ!?」



 青天の霹靂へきれきのような知らせに、ケンゼルさんが慌てて腰を浮かす。



「ふふふ……」



 あまりにもその反応が面白くて、笑い声が口から漏れてしまった。

 それでようやく〝処理〟の意味を悟ったのか、皆がぎこちない動きでこちらに顔を向ける。



「僕にこんな便利なものを渡しておくからいけないんだよ。」



 ひらひらと。

 間抜けな大人たちに見せびらかすのは、ついさっきまでいじっていた携帯電話。



「面白いよねぇ。ちょっとそれっぽい目撃証言を呟いたら、すぐに食いついてくるんだ。いいように盛り上がってくれて、便利便利。」



「アルシード君……」



「まあ、僕が事故死したってこと、。」



「………?」



 僕の言葉に、皆はやはり要領を得ない雰囲気。

 想像どおりの反応ではあるんだけど、あまりにも馬鹿っぽく見えてイライラしてきたな。



 どれだけ頭がよくとも、所詮は子供。

 できることは限られているし、大人の許可なしには動けないことも多い。



 特に事件直後で、厳重警戒体制の環境に隔離されている僕には、それこそ何もできない。

 そう思って、皆さん油断してたでしょ?





 ―――それが、最大の落とし穴だよ。





 僕は、僕で決めたこの道を邪魔させるつもりはない。

 だから……僕の言いなりになってくれる大人を、あえて一人逃がしたんじゃないの。





「だって―――僕の死亡届、昨日しっかりと受理されたもん。」





 そう言ってやった時の大人たちの顔は、本当に面白かった。



「裏の世界ってすごいんだねぇ。その気になれば、死亡診断書も委任状も、身分証明書でも偽造できちゃうんだって。時間がかかるようならパニックのふりでもして、事情聴取を先送りにしようと思ってたけど……あの時の僕が相当怖かったのか、最速で処理してくれたみたい。」



「ほ……本当に……」



「嘘だと思うなら、確認してみれば? ……でも、よく考えてよね。」



 まんまと一杯食わされた大人たちに、僕は挑戦的に微笑んでやる。

 さながらそれは、覇者の椅子に腰かけて愚者たちを見下ろすような気分だった。



「これで僕は、限りなく安全な立場を手に入れた。僕が死んだことを否定するのは勝手だけど、僕が生きてるってことをどう証明するつもり? 僕をカメラの前にでも突き出す?」



 その行為は、これまで名前だけでしか僕を知らなかった人々に、その容姿や声まで細かく教えてしまうということ。



 そんなことをすれば、被害者保護制度を適用する意味がなくなる。



「………っ」



 案の定すぐに妙案を出せない彼らは、返答にきゅうして互いに顔を見合わせる。

 あとひと押しかな。



「これでも僕は、まだ大人しい仕返し方法を選んだんだよ? 別に、事件のことを全部ばらして、正面から堂々とテロ組織を潰す毒を作ってやるって宣言してもよかったんだ。僕が人を殺しちゃっても許してくれるんなら、それでもいいけど……―――どうする?」



 それが、鮮やかなチェックメイトとなった。


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