導き出された答え

 ショッピングモールからエリクの家へと戻り、夕方まで適当に時間を潰した。

 それで分かったことは、シアノは文字の読み書きができないということだった。



 話を聞いてみると、学校にも行ったことがないそうだ。

 もちろん、必須教育となっている剣も触ったことがないらしい。



 学校教育が義務となっているこのご時世。

 さすがに、シアノが置かれている環境はおかしい。



 状況をいぶかしんだエリクがシアノに様々な質問をしたが、シアノは両親や家のこととなると、頑なに口を閉ざした。



「今はまだ、言う時じゃないから。」



 シアノはただこの一言を貫き、家に帰りたくないのかというエリクの問いにも、明確な答えを示さなかった。



 結局、シアノの口からは有力な情報は得られないまま日が暮れ、今日は素直に引き下がって帰るしかなかった。



 でも、このまま時間が過ぎるのを待つなんてことは、どうしてもできなくて……



 街灯に照らされた静かな夜道を歩きながら、キリハは携帯電話を取り出して、とある番号を呼び出した。



 やたらと長く感じるコール音。

 それが途切れた瞬間、キリハはすがる思いで電話口に声を吹き込んでいた。



「ジョー、忙しい時にごめんね。あの、シアノのことなんだけど……」

「キリハ君、今どこにいるの?」



 ジョーの口調は、やけに落ち着いていた。



「ごめん。まだ外……」



 答えると、ジョーが電話の向こうで思案げな声をあげるのが聞こえた。



「そっか…。どうしたもんかな。できれば、帰ってきてからがいいんだけど……」

「―――っ!! 何か分かったの!?」



 ジョーの悩ましげな声音からそれだけを感じ取り、キリハは思わずその場で足を止めた。



「お願い。何か分かったんだったら教えて! なんか……なんか、すっごく嫌な予感がするんだ。考えすぎだって思いたいけど、でも……不安でしょうがなくて。シアノが家のことを何も教えてくれないから……俺、嫌なことばっか考えちゃって…っ」



 ルカもエリクもジョーも、シアノのことを知った人が皆、よくない顔をする。

 シアノ本人も、あまり自分のことは語りたがらない。



 シアノの両親はどんな人?

 シアノがいた場所はどんな所?



 ―――本当に、シアノはそこで幸せだった?



 初めて会った時にシアノがあんなに暴れたのは、思わず暴れてしまうくらい、過去にひどい経験をしたからじゃないの?



 それでもシアノが雨の中で自分についてきたのは、他人に対する恐怖の中に、誰かに助けてほしいという気持ちがあったからなのでは?



「キリハ君……」



「ごめん。ジョーが俺のことを考えてくれてるの、なんとなく分かるよ。でも俺、宮殿に戻るまで待てない…っ」



 察してしまった。

 物事をはっきりと言うジョーが言葉を濁すのだ。

 シアノに対して抱いているこの不安は、決して杞憂で終わるものじゃない。



 ジョーからの話を聞くなら、それ相応の覚悟を持って聞かなければいけないだろう。

 正直、不安だらけの今の精神状態で、冷静さを保てる自信はない。



 でも、何も聞かないままこの不安を暴走させるくらいなら、今ここで話を聞きたかった。



「…………分かった。」



 たっぷりの沈黙の後、ようやくジョーが折れた。



「キリハ君、落ち着いて聞いてね。」

「………」



 キリハは固唾かたずを飲んでジョーの報告を待つ。



「結論を言うとね、その子の戸籍情報がないんだ。」

「―――――え?」



 その一言しか出てこなかった。



「キリハ君。その子の特徴で、白い髪の毛と赤い目って言ったよね? そういう子はアルビノっていって、遺伝子異常でまれに生まれてくるんだ。寿命や特異疾患の研究と治療のために、セレニアではアルビノの人は全員、国立の医療機関に登録されている。だけど、今登録されているアルビノのリストには、シアノ・ルクレイアなんて名前の子供はいなかった。一応偽名の可能性も考えて、リストの全員をさらってみたけど、未成年のアルビノの子には全員、保護者が確認できた。登録された本人の存在確認もできてる。」



 彼は、何を言っているのだろう。

 驚きを通り越して茫然とした脳が、ジョーが言ったことを理解しようとしない。



 だが、ジョーの言葉は容赦なく心を切り刻む。





「つまりその子は―――もう死んだことになってる、もしくは、生まれたことからなかったことにされている子だ。」





 目の前が、真っ暗に染まる―――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る