劇的なビフォーアフター

「お前……シアノ、だよな…?」



 キリハの後ろでずっと黙っている彼に、ルカがおそるおそる声をかける。



 ワイルドに毛先を遊ばせた純白の髪。

 キリハと共にいるわけだし、十中八九シアノであることは間違いないのだが、ルカたちが戸惑うのにも理由があった。



 すらりと長い手足に、引き締まった細い体。

 スタイリッシュでこじゃれた服装が、その長身を魅力的に引き立てている。



 ピアスやネックレスといったアクセサリーはきちんと服装に合わせていて、目を引きながらも浮いた印象は持たせない。



 その姿は、ルカたちの記憶にあるシアノとは別人と言っても過言ではなかった。



「どーも。久しぶり。」



 サングラスを外して、ルカたちにそう言うシアノ。



 薄い唇から漏れた声は、声変わりを経て多少低くはなっているが、男性にしては高めの中性的な声だった。



「ほら、シアノ。みんながびっくりしちゃってるじゃん。だから俺と一緒に、定期的にセレニアに帰ろうって言ったのに。」



「別にいいでしょ。ぼくは、セレニアに実家があるってわけでもないんだし。ルルアにいた方が気楽なんだもん。」



「それ、エリクさんが聞いたら泣いちゃうって。」



「なんで? ちゃんとチャットで顔は見せてるもん。」



「チャットと実際に会うのは、また違うんだって。ようやくシアノが帰ってきてくれるって、みんな本当に喜んでたよ?」



「ま、今回は都合よくこっちで仕事があったからね。ついでついで。」



 キリハとシアノの掛け合いに、皆が唖然。

 話の流れに全然ついていけないようだった。



 シアノは戸籍が発行された後、エリクのカウンセリングを受けながら、中央区の孤児院にて保護されることになった。



 とはいえ、人間にもドラゴンにも裏切られた経験があるシアノだ。



 基本的には自室に引きこもっていることが多く、孤児院でも特別学級でも人間関係はかんばしくなかった。



 見かねたキリハがレイミヤに連れていったり、ルカやエリクが実家に呼んだりもしたが、これといった効果が見られることもなく。



 そこで、ルルアへの留学が決まったのを機に、キリハがシアノも一緒にルルアに連れていったのである。



 シアノの口ぶりから察するに、ルルアの環境はシアノに合ったようだ。



 それはいいことなのだが……まさか、三年半ほどでここまで変わってしまうとは。



「……ん?」



 ふいに、シアノが何かに気付く。



「ちょっとごめんね。野暮用ができた。」



 そう言って、カフェテリアの奥へと進んでいくシアノ。

 彼が向かった先は、隅のテーブル席に座る二人組の女性だ。



「悪いんだけど、その写真をばらまかれちゃうのは困るなぁ。」

「あ…」



 テーブルに片手をついたシアノに詰め寄られ、二人はぎくりと肩を震わせる。



「いつもぼくの動画、見てくれてるの?」

「は、はい…っ」



「そっか、ありがとね。じゃあ拡散しないでくれるなら、その写真は消さないでもいいよ。」

「え…? いいんですか?」



「もちろん。消してって言われると思った? 大事なファンに、そんな冷たいことなんて言わないよ。」



 シアノは華やかな笑顔でウインク。

 それに、女性二人は見事にノックアウトであった。



「というわけで、ここでぼくを見たことは内緒にしてくれるかな?」

「は、はい! もちろん!」

「そう。じゃあ……」



 シアノはショルダーバッグを開き、そこから二つのキーホルダーを取り出した。



「あ、それ…っ」



 キーホルダーを見た女性が顔色を変える。

 それに、シアノはにやりと口の端を吊り上げた。



「そ。来月から発売予定のキーホルダー。」



 一緒に取り出したペンのキャップを外したシアノは、慣れた手つきでキーホルダーにサイン。

 そして、それを二人に手渡した。



「うわぁ……い、いいんですか!?」

「うん。ぼくのお願いを聞いてくれるお礼。でも……本当に内緒だよ?」



 そっと。

 シアノが女性たちの耳元に顔を寄せる。



「発売前のグッズにサインまで書いて渡したってなっちゃったら、ぼくも怒られちゃうし、君たちも他のファンに叩かれちゃうじゃん? だからこれは……ぼくたち三人だけの秘密、ね?」



 そっと息を吹き込むような、甘い囁き。

 チェックメイトには十分だったようだ。



「お待たせー。やっぱ、サングラスはしといた方がいっか。いきなり盗み撮りされるとは思わなかったよ。」



 鮮やかな手腕で女性たちを攻略してきたシアノは、軽い吐息をつきながらサングラスをかけ直した。



「お前……誰だ?」



 外見だけではなく中身まで別人になったシアノに、ルカはそれ以外に言える言葉がないよう。

 カレンやサーシャもなかば茫然としている。



「とりあえず、ここはもう出ちゃわない? あれ以上捕まると、さすがに情報操作ができなくなるからさ。」



 皆の返答を待たず、シアノはバッグから取り出した帽子を被りながらカフェテリアを出ていく。



「あれ…? もしかしてみんな、シアノのこと知らない?」



 シアノについてカフェテリアを出た後、駐車場に向かう道中でキリハがルカたちに訊ねた。

 返ってきたのは、全員からの頷き。



「シアノ、言ってなかったんだ。」

「言ってない。別に、セレニアでまで有名になろうとは思ってないし。」



 一方のシアノはすまし顔。



「えっと…。ファンとかグッズって言ってたから、芸能人でもやってるってことなのかな?」

「わーお! すっごーい。」



 首を傾げたサーシャの前で、カレンが口笛を吹いた。



「シアノ君、ネットでシンガーソングライターやってたんだぁ。見て、チャンネル登録者数すっごいよ?」



 カレンが差し出した携帯電話には、世界的にポピュラーな動画サイトが映っている。



 シアノが管理していると思われるそのチャンネルは、音楽ジャンルの中でもトップと言えるほどの人気を集めていた。



「ネットでは歌手、テレビや雑誌ではモデルという二面性を持つ若手のホープ。ワイルドな仕草や甘い口説き文句に対して、透き通るような声で紡がれる歌は美しくも切ない世界観。そのギャップはすさまじく、ルルアの若い世代で爆裂的な人気を誇っている……だって。」



 ネットで見つけた記事を読み上げるカレン。



「まあ、本格的に人気に火が点いたのはモデルを始めてからだけどね。今としてはこんなもんでしょ。」



 やれやれと肩をすくめながら、小さな吐息を吐き出すシアノ。



 芸能人オーラのなせるわざだろうか。

 一つひとつの仕草が、一般人とは明らかに違って見えた。



「ははぁ…。だから忙しくて、一度もこっちに帰ってこられなかったってわけね。」

「んなことはないけど。」



 カレンの問いに、シアノは首を横に振る。



「モデルの方はめんどくさいことは全部マネージャーがやってくれるし、歌手っていってもネット限定だから、ライブ以外では家に引きこもってればオッケーだもん。楽なもんよ。」



「でも、ああいうファンの対応とか大変なんじゃない?」



「別に? あのくらいチョロいチョロい。どいつもこいつもお馬鹿さんばかりだから、操るのなんて簡単♪ みんな本当に狙いどおりに動いてくれるから、見てて面白いし楽しいよー?」



 さらりととんでもないことを告げるシアノは、歌を口ずさみながら先を行く。



「……なんだ? 嫌な予感がする。」



 シアノの後ろ姿を見つめて、ルカだけがそう呟いた。


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