ルカの就職先

 駐車場に着いた面々は、停めてあった車に乗り込む。



「窓が塗られた車で来てくれって言われた時はなんだって思ったけど、シアノを隠すためだったのか。」



 運転席に乗り込んだルカが、エンジンをかけながらそんなことを呟く。



「そうそう。もう知ってると思ってたから、説明不足だったよね。ごめん、ごめん。」



 助手席に座ったキリハは、苦笑いでルカに謝った。



「オレは音楽とかあんま聞かねぇし、流行にはとんとうといからな。つーか、流行を追える余裕をくれってんだよ。」



「あはは。やっぱ、宮殿は忙しいんだねー。」

「忙しくしてくるくそ野郎がいるんだよ。」



「ふふ…。でも、やっぱり違和感ありありだよねー。俺じゃなくて、ルカが宮殿に残ってるなんてさ。」

「残りたくて残ったんじゃねぇよ。ひでぇ仕返しだわ。」



 面白おかしく告げるキリハに対して、ルカはげんなりと肩を落としている。



 長い治療期間を経て難なく歩けるようになったルカは、竜騎士隊が解散されたこともあり、一度は宮殿を去った。



 そこから大学に復学して弁護士への道を進んでいたはずだったのだが、大学卒業後に彼が就職したのは、なんと宮殿だったのだ。



 配属先は規律監査部。

 宮殿を裁く行政機関とも言われており、議員や官僚の不正を調査したり、裁判を行ったりする部署である。



「それさ、もう時効だと割り切って教えてほしいんだけど……アルと何があったの?」



 ルカを規律監査部に放り込んだのがジョーだという話は聞いた。

 だが今の今まで、それに関する詳しい話を教えてもらったことがないのだ。



 だってその話をすると、ルカが呪詛じゅそのように〝あの真っ黒野郎…っ〟としか言わなくなるんだもの。



「……怪我の治療中、あいつが訊いてきたことがあったんだよ。」



 渋りに渋った様子だったが、ルカがようやく当時の話をしてくれる。



「〝人選は間違ってなかったとは思うけど、ルカ君は一体僕の何にそこまで期待してたわけ?〟ってな。」

「へぇ…。それで?」



「〝なんだかんだと、オレとキリハにくそ甘そうなところ?〟って言ってやった。」

「ああ……アルが不機嫌になりそう。」



「でも、事実じゃねぇか。」

「いや、そうなんだけどさ。アルって、自分を肯定されるのが大嫌いじゃん。怒んなかった?」



「怒りはしなかったけど、〝覚えとけよ、この野郎…っ〟とは言われたな。」

「お怒り半分、照れ隠し半分って感じだね。」



「おうよ。で、仕返しされた結果がこれだわ。」



 どうやら、奥さんはこの話をご存知の様子。

 後部座席から、カレンの笑い声が聞こえてくる。



「マジでビビった。これから就活を始めようって時に、大学から呼び出しを食らってよ。学長に同伴されて向かった応接室で待ってたのが、アルシードと兄さんだった。」



「え…? エリクさんまで?」



「まあ、兄さんは面白半分でついてきただけだろうけどな。そこでアルシードの奴に、規律監査部との雇用契約書を叩きつけられたんだよ。」



「おお…」



 話しているうちに、感情の制御が難しくなってきたのだろう。

 ルカが片手でハンドルを殴る。



「分かるか!? いきなり雇用契約書だぞ!? しかも、大統領の推薦書付きでな!! 個人的にじゃなくて正式に大学を通してきたあたり、断らせるつもりゼロじゃね!?」



「でも、ルカなら〝こんなの横暴だー〟って突き返しそうだけど……」



「突き返せる待遇ならよかったわ!! 大学の最終成績、大統領の推薦書、竜騎士隊時代の功績を加味しての待遇ってことで、給料はめちゃくちゃ破格。業務内容には弁護士としての仕事も盛り込まれてるし、福利厚生も完璧だ。正直、アルシードが持ってきたってことさえなければ、二つ返事でオッケー出すくらいの優良契約だったんだよ!!」



「じゃあ、それのどこが仕返しなの? 優良契約だったんでしょ?」



「〝なんのつもりだ?〟って訊いたオレに、あいつがなんて言ったと思う?」



 プルプルと震えるルカの両手。



「〝言ったじゃない。覚えとけよ、この野郎って。社畜ルートへいらっしゃ~い♪〟だとよ!! 大人げねぇ!! 二年以上も引きずってたのかよ、あいつはぁ!!」



「まあ、アルはそういう人だから。やられたら、やり返すまで忘れないよ。一度覚えたことは、半永久的に覚えてるって言うくらいだしね。」



「おかげで、オレの人生は完全にとち狂ったっつーの!! ………でもよ。」



 急に、がっくりとうなだれるルカ。



「認めるのはしゃくだけど……今の仕事、めちゃくちゃオレに合ってんだよ。腹いせに、一年くらいで辞めてやろうと思ってたのに……」



「楽しくなっちゃったんだ?」



「まあ、そういうこった。」



「そう考えると……ルカは仕返しだって言うけど、実際にはものすごーく意図が伝わりにくいアルなりのお礼だったように思えてくるね。」



「言うな。オレも、薄々勘付いちゃいるんだから。だけど、今さらになって礼を言うってのも妙だろ?」



「言わせたくないんだろうねー。アルって、お礼を言われるのも好きじゃないみたいだから。」



「ひねくれすぎててめんどくせぇ…。兄さんは、なんであんな奴を可愛いって言えんだろうな。」



「まあ、そこはエリクさんだから。」



 なんだかんだと、ルカはルカで今を楽しく過ごしている様子。

 禍根を残すような経緯で就職が決まったわけじゃなかったようだし、心配事が消えてひと安心だ。



 久しぶりに会ったリュドルフリアやレティシアの話。

 ルルアのドラゴンたちの話。

 セレニアで起こったことの話。



 その後の車内は、そんな他愛もない話で終始盛り上がることになった。


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