エピローグ 絆は広がりて
新しい絆の証
その日は朝から、サーシャも一緒にセレニアのドラゴン研究所へと向かった。
そこは、かつてレティシアたちを保護していた空軍施設跡地だった場所。
セレニアにもドラゴン研究所を設立するとなった際、すでに交遊空間として整備されていたここを使うのが、一番手っ取り早いとなったのだ。
「おーい! みんなー!!」
広場に集合している皆を見つけて、キリハは大きく手を振る。
「おお、キリハ。ようやく来たな。明日また来ると言っていたくせに、三日も待たせよって……」
「ご、ごめんね…?」
「よもや事故や急病じゃないかと、
「ごめんってば! ユアンからも散々聞かされたから、許してよぉ……」
リュドルフリアにぐりぐりと頭をすり寄せられ、キリハは眉を下げる。
本当は、パーティーの翌日には彼らに会いに行くつもりだったのだが、とある事情により予定が変更になってしまったのだ。
それでリュドルフリアが心配になったらしく、即座にユアンを派遣。
今日まで、何度ユアンに催促と説教を受けたことか。
なんだか、リュドルフリアの心配性が年々悪化している気がする。
ユアンが止めるからやってはいないけど、こんなリュドルフリアを見ていると、心の声を通わせられる程度には血を飲んでおきたいと思わないでもない。
「リュード様…。可愛がりすぎも、度を過ぎると嫌われますよ。キリハの年齢は、人間では十分に大人なんですから。」
「完全に、ロイリアのキリハ好きが移っちゃったよねぇ……」
リュドルフリアに言うのは、呆れた様子のレティシアと苦笑いのユアンだ。
ロイリアはその隣で、何も言わずに大人しくしている。
……けど、翼と尻尾がピクピクと
「レイ母さん! なんか、大事な話があるって言ってたけど、それって何かな!?」
ちょっとずるいけど、ここは逃げさせて!
そう思ったキリハは、リュドルフリアの頭をなでながらレティシアに話を振る。
この中で一番察しがいいレティシアは、すぐにこちらの意図を汲み取ってくれたようだった。
「ああ、あれね。実は私、近々卵を産むのよ。」
あっさりと用件を述べるレティシア。
だが、その内容はあっさりと終われるものではない。
「ええぇーっ!? ってことは、いつの間にかそういう相手がいたってことーっ!?」
「いたというか、なんというか……」
仰天するキリハに対して、レティシアはやはりあっさりとしたもの。
「別に、あんたら人間みたいな壮大な物語があるわけじゃないわよ。だからといって、行きずりの奴が父親ってわけでもないけど。とまあ、そんなわけで、卵を産んだら
「そんなぁ!!」
ただでさえ今は会えるタイミングが少ないのに、さらに少なくなってしまうなんて……
「うぅ…っ。レイ母さんの血、もっと飲みたい。せめて、心の中でだけでも…っ」
「あんたならそう言うでしょうね。―――だから、アルシードが色々と手を回してるわ。」
こちらの心境なんてお見通し。
レティシアが企みを含ませて笑う。
「ドラゴンの誕生なんて貴重な瞬間を、あの研究バカがみすみすと
「あ、思わない。」
たった一言で、もう未来が見えた。
「でしょ? 私の巣を例外的な研究場所にするって、企画書を持って直談判に行ってるわ。そこで、あんたは私に会えるように手配もしているはずよ。いやぁ……あいつったら、ドラゴンの育成における必須の環境や禁止行為を、できる限り詳しく教えろって、ものすごい剣幕で聞き取りに来たわよ。」
「それは……ものすごく手厚く守られることになりそうだね。」
「本当にね。でも、おかげでこの子は、何の心配もなく生まれることができそうだわ。」
自身のお腹をなでて、レティシアは優しげに目を
「それが、アルの目的の一つなんだろうね。」
研究のため。
自分をレティシアに会わせるため。
アルシードの目的はいくつもあるけど、その中には〝レティシアが安心して子育てに集中できるように〟というものも含まれているはずだ。
「まあ、そうでしょうね。なんだかんだ、ドラゴンの中では私がアルシードと一番仲がいいもの。私といるのは気が楽でいいって、前にどこかで言ってたっけ。」
「それ、アルの中では結構なデレだよー。レイ母さんが好きだから、全力で守ってあげるって言ってるようなもん。」
「あんたはあんたで、アルシードの通訳がまた上手くなったわね。」
最後には、二人でくすくすと笑う。
何はともあれ、おめでたいことだ。
自分は四六時中傍にいられないけれど、ルルアからレティシアと新しい命の無事を願うこととしよう。
「それでね、ここからが本題なの。」
レティシアは、そう言って話を転じた。
ここからが本題ということは、これから生まれる赤ちゃんに関することだろうか。
キリハは小首を傾げて、話の続きを促す。
「あのね……この子に、名前をつけてほしいの。」
「名前って……俺が?」
「そうよ。」
訊き返すと、レティシアは首を縦に振る。
「そっか……名前……」
再度その単語を繰り返し、じっくりと意味を飲み込んだ結果……
「えええぇぇっ!?」
また叫んでしまうことになった。
「なっ、名前って……いいの、俺に任せて!? そんな大事なことを!?」
「大事だからこそ、あんたにお願いしたかったのよ。」
慌てるキリハに、レティシアは自信を持ってそう告げる。
そしてもう一度、卵が眠るお腹に手を当てた。
「キリハにアルシードにターニャに……他にもたくさんの人間が、私たちを理解しようとしてる。そんな中で、この子はきっと……人間にもドラゴンにも愛されながら育つと思うの。私の子供をロイリアと同じように愛してくれる自信、あるでしょ?」
「もちろん。当たり前じゃない。」
混乱しながらも、今の時点で本当に嬉しい。
無事に産まれてきてくれたなら、ロイリアがヤキモチを焼くくらいに可愛がる自信がある。
即答だったキリハに、レティシアは
「だからこそ……真っ先に私たちに手を伸ばして、誰よりも早く私たちを愛してくれたキリハに、この子の名付け親になってほしいの。言っちゃえばこれは……―――《焔乱舞》に次ぐ、新しい絆の証かしらね。」
「―――っ!!」
〝新しい絆の証〟
それは、自分がこれから進む世界をキラキラと彩ってくれる、魔法の言葉。
「そんなこと言われたら……嫌だなんて言えないよ。」
出てきそうになった涙を、キリハはなんとか我慢する。
「任せて。この名前をつけてもらって幸せだって、みんなに自慢できるくらいに素敵な名前を考えるよ。」
彼女たちとの絆がより深まったことへの感動。
それを噛み締めて、キリハは笑顔で頷いた。
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