驚きのカップル

「あ、あ、あ……アルシード―――っ!?」



 ノアのお相手に、誰もが驚天動地。

 中には、飲んでいた飲み物を噴き出してしまっている者もいた。



「女がいるとは察しちゃいたが、まさかのあの人かよ……」

「やるぅ~!!」

「まあ、よく考えれば妥当かぁ。あのアルシード君を落とすなら、あのくらいパワフルでないとね。」



 割とすんなり現実を受け入れたのは、ルカ夫妻とエリクの三人。



「ママー。アルお兄ちゃん、ママとパパとおんなじでチューしてるー。」

「こ、こら…っ」



 無邪気にアルシードたちを指差すロッティに、ララは大慌て。



 そして、そんな外野はそっちのけのお二人様。

 ゆうに三十秒はキスを楽しんだところで、アルシードがノアの唇を自身から離した。



「ちょっとちょっと、長い長い。外ではほどほどにしてって、何度も言ってるでしょ?」



「何を言う!! 二ヶ月ぶりだぞ!? 我慢なんかできるわけないだろうが!!」



「もう…。このパーティーが終わったら、一緒にルルアに行くじゃないの。誕生日のレストラン、ノアの好きな店を予約してあるよ。」



「本当か!? でも、その楽しみと今の寂しさは別問題なんだ!!」



「まったく、この甘えん坊さん。でも、今はこれで終わりね。家に帰ったら、好きなだけ甘やかしてあげるから。」



「うん♪」



 ノアがアルシードにぎゅーっと抱きつき、アルシードも慈愛の微笑みでノアの頭をなでる。

 それは、この会場で見た誰よりもラブラブな姿であった。



「キリハ!? どういうことだ!?」



「どういうことも何も、見たまんまなんだけど……」

「逆に、どうして今の今まで知らなかったの?」



 事情説明を求めて群がってくる人々に、キリハは苦笑い、シアノは呆れた顔で告げる。



「だ、だってあいつ…っ。セレニアではそんな雰囲気…っ」



「あぁ……やっぱり見せてなかったんだぁ…。ケンゼルじいちゃんもオークスさんも、これを知った時にはひっくり返ってたもんなぁ……」



「まあ、セレニアにはノアがいないもんね。父さんが黙ってれば、そりゃばれないって。」



「ってことは、ルルアではあれが平常運転なのか!? 一体いつから!?」



「いつから、というか……」



 キリハとシアノは顔を見合わせ、衝撃の事実を告げる。



「あの二人、半年前にもう結婚してるよ?」

「はああぁぁっ!?」



 もはや、人々の口から出るのが叫び声しかない。



「二人が付き合い始めたのって、キリハとぼくがルルアに行ってから、割とすぐだったよね?」



「そうそう。俺が助っ人としてアルにルルアに来てもらって、アルがセレニアに帰る頃にはもうラブラブだったっけ。」



「確かね。月に一度しか会えないから、キスやハグなんて日常茶飯事で。キリハがぼくの目隠しをするのに苦労してたよねー。」



「まあ、途中から諦めたけどね。シアノがアルのところに遊びに行ってるなら、いくら研究所で目隠ししたって意味ないなーと思ってさ。」



「正解、正解。父さんって好きな人にはべらぼうに甘いから、ノアにおねだりされると、すぐにキスやハグに応えてあげちゃうもん。目隠しの意味なかったよ。」



「だよねぇ~。」



「ちょっと待てえぇぇっ!!」



 二人で当然のように話を進めるキリハとシアノに、皆を代表してミゲルが声をあげる。



「じゃあ、アルが国籍をルルアに移したのって―――」



「もちろん、一番はセレニアに対する復讐だよ? でも、愛するノアと一緒にいるためってのも、確かにあるだろうね。ほら、大統領のノアをセレニアに連れてくるわけにはいかないじゃない。なら当然、合わせるのは自分の方だって……」



「というか、本当に知らなかったんだ…。つい先月ルルアで結婚式をやって、ぼくが書き下ろしの結婚ソングまで贈ったのに……」



「いや、ホントに…。ランドルフさんやケンゼルじいちゃんたちは結婚式に来てたから、普通にみんなも知ってるもんだと思ってたよ。」



「まあでも、知らない予感はしてたよね…?」



「うん…」



 これが、海を越えたが故の認識の差か。



 アルシードとノアの恋愛模様を普通の光景として見てきたキリハとシアノは、ミゲルたちと同じくらいに戸惑っている。



「ターニャ様!!」



 群衆のターゲットが、この国で一番ノアと親しい人物に移った。



「ターニャ様はご存知でした!? あいつらが付き合って結婚までしてたって!?」

「ええっと……」



 皆の圧力に、さしものターニャも狼狽うろたえる。



「実は……ノア様が入籍したということは、半年前に報告されていたんです。ただ……」

「〝お相手は?〟って訊いたら、〝私の愛らしい小鳥は、さえずるのが好きではなくてな!〟って濁されて……」



「そうなんです。それでてっきり、お相手は一般の方かと思って……」

「それ以上、深入りはしなかったんだよねぇ…。まさか、こんな近くにその相手がいたなんて……」



 妻をかばうためか、ターニャと一緒になってディアラントも懸命に釈明。

 なんだか、ひどくとんちんかんな状況になってしまっていた。



「別に、いつまでも秘密にするつもりはなかったよ。」



 そこでようやく、アルシード本人が口を開いた。



「僕はディアと違って、馬鹿じゃないんですー。自分やノアの名前が大きすぎることくらい、十も百も承知なの。ディアみたいな公開結婚式なんて嫌だから、その辺を内々に済ませてから正式に報告しようと思ったまでさ。」



 単純明快な説明。

 それ故に、悪びれる気はゼロであることが伝わってくる。



「お前なぁ! だとしても、おれやディアくらいには言っといてもよかったんじゃねぇか!?」



「だって、情報はどこから漏れるか分からないものだし。」



「ここでも情報優先か!? どこまでも薄情な奴だな!! どうすんだよ!! 結婚式、終わっちまったんだろ!? 今さら、どうやって祝えと!?」



「え? 誰も、ルルアだけで結婚式をやるなんて言ってないけど?」



 何を言ってるの?



 アルシードの無駄に純粋そうな表情が語る。



「わざわざルルアまで来てもらうのも申し訳ないし、ちゃんとセレニアでも結婚式をやるよ? ルルアではノアのせいで付き合ってるのが半分公認だったから、早めにやったってだけで。」



 そこまで言ったアルシードは、自身の腕の中でご満悦のノアを見やる。



「ターニャ様も動けるようになったみたいだし、ぼちぼちセレニアの結婚式の詳細も詰めようか?」



「そうだな! 予定どおり、二日分の開催で準備するのか?」



「だって、ランドルフさんたちはこっちの結婚式にも出席するって言って聞かないでしょ。大統領や執政補佐官に加えて、副大統領や各長官まで同じ日に休みを取ろうもんなら、宮殿が大混乱だよ。祝ってもらうのは僕たちなんだから、融通はかせてあげなきゃ。」



 そう言うアルシードに、ノアはくすくすと笑う。



「知り合いが権力者ばかりというのも、面白いものだな。私たちは、何度神の前で愛を誓わねばならぬのやら。」



「神、ねぇ…。そんな眉唾物は信じちゃいないけど、ノアになら何度だって愛してるって誓うよ。」



「うむ♪ 私もだ♪」



「待てえぇーっ!! 勝手に二人の世界に飛ぶなぁ!!」



 ハートを飛ばしまくる新婚さんに、混乱から抜け出せないミゲルは必死に叫ぶ。

 しかしそんなミゲルの肩に、キリハとシアノが両脇から手を置いて首を横に振った。



「ミゲル、無理言わないであげて。ルルアいちの熱々夫婦には、同じ空間にいてラブラブ禁止とか無理だから。」



「そうそう。ルルアの研究所や大統領御殿じゃあ、一周回ってこれが一番の癒し映像になってるくらいだしね。今も、頑張って最低限の節度は守ってるから許してあげて。これ以上我慢させようとしたら、ノアが子犬になって泣き出しちゃうよ。そんでノアが泣くと、父さんがマジでキレる。」



「とんでもねぇ過激派夫婦だな!? ってか、一番の癒し映像ってなんだ!? ルルアはでは、どんなカオスが広がってんだよーっ!?」



「そうは言っても……」



「あれは、立派な癒し映像だよね。父さんに構ってほしがるノアって、本当に子犬だから。」



 キリハとシアノはしみじみと語るのみ。



 結局、このパーティーのほとんどは、アルシードとノアの馴れ初めに関する質問攻めで食い潰されることになった。



 そして、この後に行われることになった二人の結婚式は、今の今までこの関係を秘密にされていたことを悔しがったミゲルが、会社をあげて全面プロデュースしたんだとか。


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