誰にとっても、希望に満ちた〝これから〟を

「ねぇ、サーシャ。」



 レティシアの頼みを引き受けたキリハは、ふいに隣のサーシャを見る。



「うん。いいと思うよ。」



 すでにこちらの考えを分かっているらしく、サーシャは柔らかな笑みで同意してくれた。



「あのさ……急なんだけど、俺たちも報告があってね。」



 そう言いながら、キリハはサーシャの手を握る。

 少し照れ臭そうにはにかんだ二人は、リュドルフリアたちを見上げてこう告げた。





「実は、俺たちも結婚することになったんだ。」





 なんだか、いざ自分のこととなると恥ずかしい。

 そんなことを思うキリハに対して、ドラゴン組はというと……



「おお、それはめでたいな。」



「おめでとう。正直、いつになるのかと思ってたよ。」



「ぽややんとした二人だから、結婚しないまま満足して時が過ぎ去らないかと心配にもなったけど……また、随分と急ね。」



 言葉は違うものの、皆一様に冷静な反応。



「キリハ、おめでとー!!」



 無邪気にはしゃいで祝ったのは、ロイリアくらいだった。



「いやぁ…。急だっていうのは、俺たちも思ってるところで……」



 感極まって体をすり寄せてくるロイリアをなだめながら、キリハは苦笑いを浮かべるしかない。



「この間のパーティーで、みんなの子供の話で盛り上がったり、アルたちの結婚がばれたりと、色々とあってね。」



「あら。あいつの結婚、ようやっとばれたのね。」



 アルシード好きも激しいロイリアから話を聞いていたお三方は、これにも大して驚かない。



「そうそう。その後、二人でのんびりと話してて……」

「ふと私が、〝子供っていいな~〟って呟いたの。」



「そんで俺も、〝俺たちの場合、子供より結婚が先だよね~〟なんて言って……」

「〝じゃあ、そろそろする?〟って感じで……」



 話をしているうちに、リュドルフリアとレティシアの雰囲気が微妙なものに。

 この場で一番表情が分かるユアンなんて、結構渋い顔になっちゃってる。



「……そんな緩い雰囲気で決まったの?」

「いや、そのぉ……一応、ちゃんと考えてはいたんだよ?」



 変わっていることは重々承知しているんです。

 だから、そんな顔をしないでください。



「最初から、結婚前提で付き合うって話だったもん。だから二人で、レイミヤのみんなやサーシャのご両親には定期的に会ってたし。」



「そうそう。周りに〝そろそろ結婚したら?〟とは言われてたんだけど、キリハがまだ大学生だし、卒業してからの方が区切りがいいよねって話はしてて…っ」



 キリハの雰囲気に飲まれてか、サーシャまでおろおろとし始める。



「ただまあ、学費がかかるとはいえ、研究所で働いてる分の給料は入ってくるし、宮殿が出版した本の印税もあるし、学生の間に結婚したとしても、生活に苦はない状況ではありまして……」



「お互いに竜騎士隊だった時の貯金もあるから、結婚資金もあるといえばあるということで……」



「だからまあ、結婚に踏み切るかどうかって、俺が学生かどうかってだけだったんだ。でも俺、大学院にも進むって決めちゃったから、このままじゃ、あと三年から五年はサーシャを待たせちゃうことになりかねなくて…。だから、考え方を変えた方がいいよねって話をサーシャにしようと思ってたんだけど……」



「その前に、のほほんとした会話の中で結婚に同意し合ったと。」



「……はい。」



 ばっさりとしたレティシアのまとめに、返せる言葉が何もない。



 なんというか、これはもう自分とサーシャ独特の空気といいますか。



 結婚を決めて、とりあえずお互いの親に報告をしようねと話して一夜明け。

 さすがの自分だって、色々とすっ飛ばしていることに気付きましたとも。



 婚約指輪もプロポーズもなくてごめん。

 そう謝った自分に、サーシャはきょとんとするだけ。



 ずっと前から結婚することは決めてたんだから、形に残る物がなくてもいいじゃない。

 そういえば、私も言われて気付いたなぁ。



 そしてこれだもの。



 そんなこんなで、この三日は互いの親に報告に行ったり、やっぱり婚約指輪は買おうということで宝石店に行ったりと、それなりに忙しくしていたのだ。



 リュドルフリアたちを待たせることになるのは申し訳なかったけど、優先順位は圧倒的にこちらが上だったもので。



「はあぁ……人間って、せっかちなのか気長なんだか分からない生き物ね?」



「いやぁ…。この二人は、かなり特殊だと思うよ…? 今の自由な恋愛観の世の中で、当然のように結婚を決定事項として付き合うのもまれ。しかも、遠距離恋愛で滅多に会えないのに一切よそ見をしないとか……よく言えば純粋、悪く言えばただのお馬鹿だよ。」



「あはは……」



 ユアンの所感が耳に痛い。



(でも、アルだって普通にノア一筋でよそ見ゼロだったしなぁ…。お手本の人がそうだったら、俺もそうなるのは普通じゃない…?)



 なんてぼやきは、今は言わないでおくか。

 あとでアルシードがからかわれることになったら可哀想だし。



「……で、皆は喜んでくれたのか?」



 なんとなく、自分の雰囲気からこの話を引き伸ばさない方がいいと思ってくれたのかもしれない。

 リュドルフリアがそう訊ねてきた。



「あ、うん。このまま俺が単身赴任って形でいくか、サーシャもルルアに来るかは相談なんだけど、結婚自体はすごく喜んでくれたよ。他のみんなには、これから報告。」



「おや、そうなのか?」



「うん。一番に報告するのは、リュードたちにしたかったからさ。」



 意外そうに目を丸くするリュドルフリアに、キリハは満面の笑みを浮かべる。



「だって俺、ユアンが見つけてくれなきゃサーシャにも会えなかったし、レイ母さんたちとの出会いがなければ、サーシャの気持ちにも気付けなかったもん。」



「私も、ロイリアの件がなかったらキリハに告白できなかったし、私とキリハじゃ釣り合わないって、いつまでもうじうじしてたと思うの。」



 驚くユアンとドラゴンたち。

 そんな彼らをまっすぐに見つめて、キリハとサーシャは互いの胸にある想いを伝える。





「みんな、ありがとう。俺たちがこうして二人で歩けるのは、みんながいたからだよ。」





 本当に、たくさんのことがあった。

 その中で自分はたくさん変わって、自分の全てが壊れそうになったこともあった。



 でも、そんな転機には必ず彼らが寄り添ってくれていた。



 再びドラゴンと関係を持つなんて、何を考えているんだか。

 そういう声は、未だに根強く残っている。



 この国が完全にドラゴンを受け入れられる日は、まだまだ遠い未来のこと。

 もしかしたら、そんな日は永遠に来ないかもしれない。





 ―――だけど彼らがいなければ、こんなにも幸せだと思える日は来なかった。





 少なくともここに、そう思っている人間が二人はいる。



 お前がいなかったら、こんな風にドラゴンと触れ合おうなんて、欠片も思わなかっただろうな。

 そう言ってくれる人もたくさんいる。



 そして少しずつだけど、ドラゴンという生き物に興味を持ち始める人々だって増えている。



 そんな変化の先にある〝これから〟は、人間にとってもドラゴンにとっても、希望に満ちた楽しいものだと願いたい。



 だから、レティシアが言ってくれた〝絆の証〟を、もっともっと積み重ねていこう。



 とりあえず……





「そういうわけで……―――もし俺たちに子供ができたら、その時はみんなが名前をつけてくれる?」





 まずはお返し。

 再びここから、新たな絆を作っていこう。





〈竜焔の騎士 END〉


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