なんだか似ている

「ルカって、人間が嫌いなの?」



 無邪気な問いは、軽く数秒は思考を停止させた。



「……は?」



 まさかそんな質問をされるとは思ってもいなかったので、ルカはパチパチと目をまたたかせる。



「なんで……そんなこと……」



 返せる言葉が、それしかなかった。



「なんとなく、かな? なんか、ぼくと話すのも大変そうに見えるから。」



 子供の洞察力たるや、なんと恐ろしいことか。



「あー……えっと……」



 ルカは言葉を濁しながら、頬を掻いた。



 ここで適当にごまかすことができればいいのだが、自分が苦し紛れに〝そんなことはない〟と言ったところで、白々しさが目立つだけ。



 それに、下手に嘘をつけない自分の性格が言い訳をさせてくれない。



 子供と関わるということは、こんなにも自分の欠点を浮き彫りにさせられるものなのか。

 思った以上にへこみそうだ。



 自己嫌悪でぐるぐると悩みそうになったが、それで目の前にいる純粋の塊をけて通れるはずもなく……



「……気を悪くさせたなら、謝る。」



 とりあえず無言はよくないと思った自分が告げていたのは、小さな謝罪の言葉だった。



「別に、お前が嫌いってわけじゃねぇんだ。オレのこれは、昔からの癖っていうか……まあ、その……―――好きか嫌いかで言えば、嫌いだな。」



 何を後ろめたいことがあるかのように濁そうとしているのだ。

 ルカは腹をくくって、シアノの指摘を認めた。



「なんで?」



 シアノは嫌な顔をせず、ただそう訊ねてくるだけだった。



「なんで、か…。お前、竜使いって知ってるか?」



 シアノはその問いに、一つ頷く。



「じゃあ、竜使いが嫌われてるってことは?」



 これもシアノは肯定。



「じゃあ話が早い。つまりはそういうことだ。」



 ルカはふと、虚空を見上げた。



「あいつらは、オレらが竜使いだってだけで差別する。陰口や暴言を吐くし、時には暴力もふるってくる。あいつらはオレらのことを、同じ人間だなんて思っちゃいない。だから、平気で傷つけられる。オレたちはここにいるだけで、気味悪がられて嫌われるんだ。多分、これはお前にも分かるんだろう?」



 ちらりと隣を一瞥いちべつすると、シアノが複雑そうな顔をしているのが分かった。



「でも、オレたちが一体何をしたっていうんだ? オレたちだって、竜使いとして生まれたかったわけじゃない。もちろんお前も、そんな見た目で生まれたかったわけじゃないだろう? それなのに、自分じゃどうにもできなかったことで差別されるって、おかしくないか? なんでみんな、普通がおかしいことに気付かないんだ? オレは、それがずっと気に食わなくてな。だから、他のみんなのことが大嫌いだった。」



「他のみんなって、同じ竜使いも嫌いなの?」



 なるほど、次はそう来るか。

 シアノに問われ、ルカは少しだけ考える。



「……多分、嫌いだったと思う。同じ境遇っていう情は、多少なりあったとは思うけど。」



 答えは、割とあっさり出た。



「なんで?」



 シアノがまたそう問う。



 これが大人が泣かされることも多いという、子供特有の〝なんで?〟攻撃か。

 確かにこれは、質問に答え続ける労力が半端じゃない。



「そうだな……多分、何もしなかったから、かな。」



 じっくりと考えると、また一つの結論に辿り着く。



「何もしなかったから?」

「そうだ。」



 一度答えが見えると、後の説明はすんなりと出てくる。



「聞いたことあるか? 自分と他人ってのは、鏡みたいなもんだって言われてるんだ。」



 ルカは両手の親指と人差し指を使って、シアノの前に四角い枠を作って見せる。



「鏡の前に立つと、自分が動けば鏡の中の自分も同じ動きをするだろう? それと一緒で、自分がした行いは他人からも返ってくるって話。自分が他人に優しくすれば他人からも優しくされるし、自分が他人にひどいことをすれば他人からもひどいことをされる。だから他人には優しくしましょうっていう、ただの綺麗事で終わる話なんだけどさ。」



 誰もが一度は聞いたことのある、眠気を誘う道徳の話。



 だが今は、そんな結論はどうでもいい。

 これは、今からする話の前置きみたいなものだから。



「この話で例えると、オレはその鏡のとおりに自分も動くべきだと思ってたわけだ。だって、あいつらがオレを差別してくるんだ。やられた分、オレだってやり返してもいいだろう?」



「うん。ぼくもそう思う。」



 今まであまり感情を見せなかったシアノが、初めて感情を込めて物を言った瞬間だった。



「な? 先に手を出したのは向こうなんだから、オレが何やっても悪くないって思うじゃんか。」

「うんうん。」



 シアノは何度も首を縦に振る。



 なんだか、こそばゆい気分だ。

 子供とはいえ、こんな風に素の自分の気持ちを全肯定する存在がいるなんて。



「……はは。お前、なんかオレに似てんな。」



 思わず気が抜けてしまったルカは、彼にしてはかなり珍しく笑い声をあげて、シアノの頭をなでた。



「……気をつけろよ。オレみたいになると、前が見えなくなることが多いぞ。それで、大事なものを傷つけないようにな。」



 それは、ほとんど無意識に口をついて出ていた言葉だった。



 ルカは気付いていない。

 その時シアノに向けていた表情が、普段の彼からは想像もつかないほどに、穏やかで優しげだったことに。



「………?」



 シアノは、いまいち意味を理解していない様子。



「ちょっと脱線したな。話を戻すか。」



 ひとつ呼吸を入れ、ルカは再び虚空に目をやった。



「とまあそんな感じで、オレは周りと真っ向からぶつかり合うことを選んだ。でもほとんどの奴らは、そんなことをしなかった。仲間内で愚痴を零すだけで、あいつらに何をやられても我慢だ。結局あいつらと一緒で、それが普通だから仕方ないんだって諦めて、何もしなかった。ようは鏡を見ないように、鏡に背を向けてたんだよ。攻撃されたら怪我をするのに、攻撃をけるつもりもない。どう思う?」



「それって、生きるつもりがないってこと? 怪我したら、死ぬかもしれないじゃん。」



「ぶふっ…」



 これまた、バッサリと切り捨てたもんだ。

 あまりにも思い切りのいいシアノの物言いに、ルカは思わず噴き出してしまった。



 初めはめんどくさいと思ったが、シアノと話しているのは存外に心地いい。

 そう思っている自分がいた。



「まったく、お前の言うとおりだな。な? ムカつくだろ?」

「うーん…。よく分からないけど、なんかもやもやする。」



「それがムカついてるってことだよ。オレもよく、ムカついてた。同じ境遇だから、全部が全部嫌いってわけじゃなかったけど、同じ境遇だからこそ気に食わなかった。だからオレは今まで、オレ以外の人間ってやつを、ほとんど嫌ってたと思う。……あいつに会うまでは。」



 ふと、そこで柔らかくなるルカの口調。



「あいつって?」



 シアノが話の続きをせがむように、ルカの服の袖を掴む。



「キリハのことだよ。」



 ルカは肩をすくめる。



「あいつは、オレが初めて会うタイプの奴だった。オレが知ってた他人との向き合い方ってのは、鏡と同じことを返すことと、鏡を見ないようにすることの二つだけ。でもあいつは、そのどっちの方法も取らなかった。」



「えっと……」



 ルカの言葉を受けたシアノが、眉を寄せる。



「それって仕返しもしないし、見ないふりもしないってことだよね?」

「そういうことだな。」



「ええぇー……分かんない。仕返ししないんだったら、どうやって敵をやっつけるの?」



 なるほど。

 シアノの中では、他人イコール敵という認識なのか。

 つくづく自分に似ている。



 自分なりに一生懸命考えているシアノが、だんだん他人には思えなくなってきて、ルカは淡い微笑みを浮かべた。



「オレが分からなかったんだ。お前が分からなくても無理ねぇよ。」



 シアノの頭を優しく叩いたルカは、もったいぶらずに答えを述べた。





「答えはな―――鏡に映るものを変えること、だ。」




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