闇に溶ける願い

 なんとか平静を装い、キリハたちから離れる。



 周りにも不審に思われないようにしっかりと歩いて外に出て、物陰に身を隠したところで―――限界が来た。



「うっ……くっ……」



 胸元を強く握り、荒れそうになる呼吸を必死に静める。



 一度は引いた胸の痛み。

 それはキリハたちから離れたところで再発し、意識をかすませるほどの勢いで自分を襲ってくる。



「くそ……くそ…っ」



 彼らしくない悪態をつきながら、エリクは悔しげに顔を歪めた。



 胸が痛んだり、意識が朦朧もうろうとしたりするタイミングは分かっている。

 自分が、彼の意に沿わない行動を取ろうとした時だ。



 助けを求めることも、警告をすることも許さない。



 まるでそうとでも告げられるように、自分が思うように体を動かせない。



 あの日に倒れてから、ずっと―――



 だけど、自分にだって意地がある。

 死に物狂いに抗ってでも、守りたいものがあるのだ。



「このまま、じゃ…っ」

「困りますよ、エリクさん。」



 声をかけられると共に目の前に誰かが立って、エリクはハッとして顔を上げる。



 そこには、スーツに身を包んだ男性が数人。

 嫌になるほど見てきた、自分の監視役だ。



「ターゲットに、勝手な接触を図らないでいただきたい。あなたもご家族も、仲良く死ぬことになりますよ?」



「くっ…」



 言い返したいのに、全身がしびれて口が回らない。

 呼吸をするのもやっとで、甲高い耳鳴りが響いている。



「やれやれ、本当に強情ですね。そこまでのレベルになれば、どんな方も鎮静剤欲しさに言うことを聞くようになるのに。」



「いっそ……このまま、殺せ…っ」



 意地という意地を掻き集め、彼らを睨む。



 許されるなら、とうに命など捨てていた。

 そう……



「それは無理な相談です。雇用主は、あなたをまだ死なせるなと命じておりますので。」



 の話だが―――



「さあ、お迎えにあがりましたよ。つまらない意地は捨てて、我々にご同行ください。」



 そう言われると同時に、両脇を別の男たちに支えられる。

 こんな体では抵抗することも叶わず、彼らの後ろに控えていた車の後部座席に押し込められる。



 途端に鼻をくすぐる、甘い香り。

 その香りがコントロールしにくい呼吸に乗って肺まで侵入してこれば、一瞬で意識が闇に溶けていく。



 どうか……

 どうか、お願いだ。





 キリハ君が、あれに気付いてくれますように……




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