第2章 垣間見える闇
凍りつくその声
翌朝の会議室にて。
キリハは、ターニャとフールに両手を合わせていた。
「お願い! 今日から三日、午後をお休みにしてください!!」
さすがに、シアノのことをエリクに任せっぱなしではいけない。
次のドラゴン出現はまだ一週間以上先の話だし、今なら都合もつくだろう。
「は、はあ……」
朝一番に頭を下げられたターニャは、彼女にしては珍しく目を丸くしている。
「なになに? それって、昨日拾った迷子のこと?」
「うん、そう。」
フールに問われ、一気に気が抜けてしまった。
キリハは困り顔で眉を下げる。
「なんか、一筋縄ではいかないっぽくて…。捕まえた俺にも責任あると思うし、エリクさんだけに面倒見るのを任せるわけにはいかないじゃん。午前中にドラゴン出現の前兆が出た時にはちゃんと残るし、何かあったらすぐに戻るから、お願い。」
「別に、オレは構いませんよ。」
加勢してくれたのはディアラントだ。
「キリハの現場への合流って、最近じゃいつも、ドラゴンにとどめを刺すタイミングですからね。最悪その時に間に合ってくれれば、多少遅れても問題なしですよ。」
「ディア兄ちゃん、神様!」
目を潤ませるキリハに、ディアラントはあっけらかんと笑った。
「まぁ~ったく。迷子を拾うなんて、いかにもお前らしいじゃん。」
「だって~…。雨の中、ずぶ濡れでいるんだよ? ディア兄ちゃんだって助けるでしょ?」
「まあ、そうかもな。」
「でしょ!? ってわけで、お願いします!」
キリハは再度、ターニャたちに勢いよく頭を下げた。
「ええ、大丈夫ですよ。あとで、申請を出しておいてくださいね。」
「ありがとう!!」
ターニャから許可をもらい、キリハはるんるんで席に戻ろうとする。
その時、たまたま会議室に入ってきたジョーと目が合った。
「あ、ジョー!! おはよう!」
キリハはくるりと方向転換をして、そちらに向かう。
「おはよう、キリハ君。そんなに慌てなくても、ちゃんと話はするつもりだから。」
一目散に駆け寄ってきたと思いきや、構ってもらいたがる犬のようにキラキラとした目をするキリハに、ジョーは苦笑いをするしかなかった。
「どう? 何か分かった?」
心の中は、不安と期待が半々。
そんなキリハに、ジョーは申し訳なさそうに首を左右に振った。
「ごめんね。今のところ、有力な情報は見つかってないかな。少なくとも、シアノって名前の子の行方不明者はいないみたい。背格好や年齢が一致するような捜索願も、警察には出されてないっぽいね。」
「……そっか。」
ジョーの報告を聞き、キリハは表情を曇らせる。
シアノは家に帰りたくないのでは、というルカの見解。
捜索願は出されていない、というジョーからの報告。
まるで人間の暮らしに慣れていないというような、シアノの反応の数々。
なんだか、胸がもやもやする。
本当に、シアノの父親を捜すことが正しいのだろうか。
昨日はシアノの父親が見つかった後で考えればいいかと思ったが、早くもシアノのことが心配になってくる雲行きだった。
「やっぱ、あのチビの父親って、ろくでもない奴なんじゃないか?」
こちらの不安を煽るようなルカの発言。
「そうじゃない、と思いたいけどねぇ……」
ジョーも少し疑わしげだ。
と、そこに。
「え……もしかしなくても、迷子の親捜しをジョー先輩がやってるんですか?」
心底驚いた様子のディアラントとミゲルが割り込んできた。
「うん。そうだけど?」
ジョーが答えると、彼らは二人揃って渋い顔をする。
「うへー…… 今度は、何を企んでるんですか?」
「企むって、失礼な。人の善意をなんだと思ってるの。」
ディアラントの言葉にジョーがそう返すと、その刹那にミゲルが否を唱えた。
「いや。善意なんて、お前には一番遠い言葉だろうが。キー坊、こいつに何を要求された?」
ミゲルはキリハに訊ねる。
「えっと……今度ご飯食べに行くくらい、かな。」
「ほら見ろ。新しい情報を仕入れる気満々じゃねえか。何が善意だよ。」
「いやでも、調べてくれてるのは本当のことだよ。俺は実際に助かってるから、ジョーの企みとかは気にしないって。そもそも、ジョーが満足するような情報を俺が持ってるとも思えないし。」
キリハはとっさに、ジョーをかばった。
ジョーにどんな目的があったとしても、今は確実に彼に助けられている身だ。
それに、なんだかんだでジョーが優しいのは知っているし、彼の善意の全部が見返りあってのものだとは思わない。
そして何より、ここでジョーが機嫌でも損ねて、捜索の手を緩めてしまったら非常に困る。
「キリハ君……」
ジョーがぱちくりと目をしばたたかせる。
それに対して、ミゲルは大きな溜め息と共にキリハの肩に手を置いた。
「キー坊…。お前は、なんでそこまでいい奴なんだ? あいつの化け物っぷり、何度も見ただろ?」
まるで感動を噛み締めるかのような口調で言うミゲルに、隣のディアラントがうんうんと頷いて彼の言葉を肯定する。
「ホントに。あの魔王様にそんなこと言えるの、お前くらいだぞ。」
「二人とも、そろそろ黙ろうか?」
好き放題に言うミゲルとディアラントに、ジョーがやけに爽やかな笑顔で二人の言葉を遮った。
「そんなくだらないことは置いといて、話の続きをさせてくれる? 会議が始まるまで、時間がないから―――ね?」
最後に、にこりと笑みを深めるジョー。
そんな彼の背後にとてつもなく恐ろしいオーラが見えたことには、誰も突っ込めなかった。
「まあ、とりあえず。ずっとルカ君のお兄さんの所に預けっぱなしってのもよくないから、その子の親御さんの捜索は続けるよ。レクトって名前だけで、どこまで人を絞り込めるかは分からないけど……アルビノの子供がいるって情報があれば、高確率で断定できるはずだから。結果次第で、親御さんに連絡すべきか、もしくは保護施設に連絡すべきか。それは変わるだろうけどね。」
「うん。そうだね。」
ジョーの言うことも、もっともである。
キリハとルカは同意して頷いた。
「―――ねえ、待って。」
いやに固い声が鼓膜を叩いたのは、その時。
「今、シアノって……レクトって言った?」
震える声でそう問うたのはフールだ。
「うん。言った……けど…? シアノのお父さんの名前が、レクトっていうんだって。」
「―――っ!?」
それを聞いたフールの体が大きく跳ねる。
「もしかして、知ってる人?」
フールの反応がそんな空気を
しかし。
「…………………め、だ。」
彼は―――
「だめだ!! その子に関わっちゃいけない!!」
そう、血を吐くような叫び声をあげた。
そこに込められているのは、巨大な危機感と焦燥感。
「フー……ル?」
辺り一面がしんと静まり返り、キリハの茫然とした声が彼の意識を現実に引き戻す。
「あ……」
フールがまた体を震わせる。
「えっと、その……ごめん。多分、僕の考えすぎだ。僕も馬鹿だな…………そんなはず、ないのに……」
独り言のように呟くフール。
自分で考えすぎだと言ったのに、フールはごまかしようがないほどに動揺していた。
その動揺を静めようとして「そんなはずない」と繰り返すフールだったが、結局それは叶わなかったらしい。
「ごめん……僕、ちょっと頭冷やしてくる。会議は、僕抜きで進めてて。」
誰かに声をかけられるのを嫌がるように、フールは足早に会議室を出ていってしまった。
「フール、どうしちゃったんだろ……」
彼を追いかけることもできず、キリハは小さく呟くしかなかった。
シアノとレクト。
フールにとって、この名前は重要な意味を持っているらしい。
考えすぎだと、そんなはずがないと言っていた彼。
しかし、その声音と雰囲気はとても深刻そうで、何も聞かなかったことにするのは
(シアノ……君は、何者なの?)
脳裏によぎる疑念。
不安から、思わず胸に手をやるキリハの後ろで。
「………」
ジョーは何やら、思案げな表情で黙り込んでいた。
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