最初の一歩目

(さてさて、大人しくしてくれてるかな…?)



 風呂から上がり、エリクは一抹の不安と共に脱衣所を出た。



 キリハたちが帰ってから、シアノとは一言も話していない。

 どうやらシアノが気を許したのはキリハだけらしく、何を語りかけても答えてもらえなかったのだ。



 病院には連絡を入れて、急きょ休みをもらえるように都合をつけた。

 後は、キリハとルカが情報を仕入れてくれるのを待つのみだ。



(仲良くできればいいんだけどな……)



 これまでの経験上、竜使いということを差し引けば、子供に好かれる方である自信はある。

 とはいえ、それも万人に通用するというわけではない。



 相性が悪かったら、それはそれでどうにかこの三日を切り抜けるしかないだろう。



(お、ちゃんといてくれた。)



 部屋の中を覗き込み、ちゃんとシアノの姿があることにほっとする。



 こちらの言いつけを守って外に出なかったということは、少なくとも嫌われているわけではないだろう。



 シアノは、壁にかかっているコルクボードを真剣な目つきで見つめていた。



「何か、面白いものでもあった?」



 そっと近寄り、優しく訊いてみる。

 シアノは一度こちらを見上げたものの、特に何も言わないままコルクボードに視線を戻してしまった。



(今日は、話すことは無理かな。)



 諦めかけた時。



「……仲、いいの?」



 小さく問われた。



「え……」



 唐突すぎてついていけなかったエリクは、二度三度とまぶたを叩く。



「この茶色いのと、仲いいの?」



 シアノは、コルクボードを指差した。



 そこには病院からの伝言メモを貼ってあったり、ピンを刺して鍵をかけてあったりと、色んなものが雑多にぶら下がっている。



 シアノが示していたのは、その中にある一枚の写真だった。



 写真を撮るために腕をめいいっぱい伸ばした自分に、嫌がるルカを引っ張り込んできたキリハが飛びついてきた、三人で仲良く写っている写真だ。



「茶色いのって、キリハ君のことか。」

「キリハ……」



 シアノは呟き、写真を見つめる。



 さっきからずっと見ていたのは、この写真だったらしい。

 エリクは微笑み、シアノと視線の位置を合わせて一緒に写真を眺めた。



「うん。すっごく仲良しだよ。キリハ君はね、とっても優しくて明るくて、あんなひねくれ者のルカとも仲良くしてくれて…。本当に、僕の弟みたいな子なんだ。」



「ふうん……」



 そっけなく答えるシアノだったが、キリハに対する興味はあるらしく、しばらくこちらが無言でいると、続きを促すように視線を向けてくる。



 子供は子供。

 自分の興味には正直ということか。



「分かった、分かった。キリハ君のことを教えてあげるから、こっちにおいで。一緒にご飯でも食べながら話そうね。」



 言うと、シアノは素直に頷いた。

 エリクはくすりと笑い、シアノの肩に手を添えてテーブルへと向かうのだった。


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