無謀な特攻

「嘘だ……こんなの、ありえない!!」



 大きくなる地震。

 多くの人々が混乱している中、一際取り乱していたのはフールだった。



 セレニア山脈にドラゴンが出現するなんて、ありえるはずがない。



 



 あの場所でドラゴンが目覚める時は、全てが終わる時のはず。





 だって、あそこには―――





 それは、間違えようもない確信。

 しかし、その確信を真正面から裏切る現実。



 一体、何が起こって……





「キリハ! 聞こえてんのか!?」





 その時無線からとどろいてきたのは、切羽詰まったディアラントの声。



 キリハの居場所は分からない。

 出動の途中でディアラントの側から消えたキリハは、あれから行方をくらませているそうだ。



 現在地下には、ディアラントを含む少数が北の対応要員として残っている。

 とはいえ、今まさに出現している南側のドラゴンの大きさをかんがみると、彼らも南側に急行すべきだろうことは、誰の目からも明らかだった。



「北東方向のドラゴンの覚醒まで、あと十五分です!」



 無情にも、時間は刻一刻と流れていく。

 その時。



「ディア兄ちゃん、まだ宮殿にいるの!? 早く南に行ってよ!!」



 ふいに、キリハの声が大音量で響いた。



「キリハ!? お前、どこにいるんだ!?」

「もう北に向かってる! そろそろ、無線が繋がらなくなりそう…っ」



 激しく風を切る音とノイズ音が、キリハの声を掻き消そうとする。





「ディア兄ちゃん、行って。俺とほむらを信じてくれるなら。」





 聞く者の耳に染み込む、神妙な声。

 それを最後に、キリハの声は完全に途絶えた。



 それまでの喧騒が、嘘のようになくなった会議室。



「……仕方ねぇな。おい、南に行ってくれ!」



 皆の意識を現実に戻したのは、ディアラントのそんな一言だった。



「で、でも…っ」



「いいから! 北も南も中途半端で被害拡大なんてオチだけは、絶対にけなきゃなんないんだよ! さっさと南を片付けて、キリハに合流するぞ!!」



 ディアラントに急かされ、彼らが乗り込んだ車が猛スピードで南に向けて発進する。



 北側に出現するとされているドラゴンの大きさは、まだ分からない。

 そんな状況の中で、ドラゴンが恐れる《焔乱舞》を持つキリハが北に向かうことは、最も合理的な判断だといえる。



 セレニア山脈の付近に、人は住んでない。

 キリハも人目を気にせずに《焔乱舞》を使えるので、大いにドラゴンを牽制してくれることだろう。



 長時間にわたる耐久戦になるだろうが、これが一番の時間稼ぎになる。

 だが。



「いくらなんでも無謀だよ……」



 フールはうめいた。



 いくら経験を積んでいるからといって、保険が一切ないこの状況で、《焔乱舞》だけを頼りに特攻するなんて、さすがに荷が重すぎる。



 ターニャも同じ気持ちなのだろう。

 先ほどから彼女は情報部や研究部と話し合い、空からの支援部隊を即席で手配している。



 類を見ない非常事態に、さすがの国防軍も重い腰を上げたようだ。

 ランドルフ率いる参謀局第一部隊は情報部と組んで、いざという時のドラゴンの誘導ルートと、その時の人員配置を計画している。

 他の部隊も、出動体制を整えつつあるとのことだ。



 実践経験がない手前、参謀局が出してくる計画がどこまでドラゴンに通用するか分からないが、何もないよりは遥かにマシだ。



「無茶は承知です。急いでください! このままでは、キリハがあまりにも危険です!!」



 ターニャが珍しく、取り乱した口調で矢継ぎ早に指示を飛ばしている。



 キリハも無茶を通したものだ。

 バックアップ体制は、着実に組み上がっている。

 せめて支援部隊の準備が整うまでは、宮殿で待機していてもよかったじゃないか。



 反対されるのが目に見えていたから実力行使に出たのかもしれないが、たった一人で飛び出すなんて……





「……ん? ?」





 フールははたと思い至って顔を上げる。



「ちょっと待って。……キリハ、どうやって北に向かってるの?」

「えっ…」



 思わずフールの方を振り返ったターニャが、そのまま顔を青くした。



 そうだ。

 根本的なことを忘れていた。



 距離的に考えても、地形的に考えても、今ドラゴンが出現しようとしている場所は、一人で向かえるような場所じゃない。



「た、大変です!!」



 上ずった叫びと共に、一人の男性が飛び込んでくる。





「地下にいたはずのドラゴンがいません!!」

「!?」





 彼の報告に、その場にいた全員が耳を疑った。



「ど、どういうこと!?」

「私にも、何が何やら……」



 フールの発狂寸前といった口調の問いかけに、男性も混乱したように首を振るだけ。



「急に地上へ繋がる扉が開かれたので地下に急行したら、その時にはもうもぬけの殻で…。ドラゴンを繋いでいた鎖も、どうやったのか焼き切られていました。」



「―――っ!!」



 彼が告げた現場の状況に、背筋が凍る思いだった。



「まさか、キリハ……」



 にわかに震え出すフールの声。

 その先に続くであろう言葉を察した皆は、息を飲んで茫然としていた。


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