圧倒的な力の差

 全身を叩きつける風が、とてつもない圧力をかけてくる。

 豪速球の勢いで空を駆けるロイリアに、キリハは舌を噛まないように奥歯を噛み締めることで精一杯だった。



「キリハ、大丈夫?」

「なん、とか…っ」



 自分の体を鎖で固定しておいて正解だった。

 いくらしっかりとロイリアの首にしがみついているとはいえ、この速さでは吹き飛ばされていたかもしれない。



「もう少しゆっくり行く?」



 こちらを気遣ってか、ロイリアが少し速度を落とした。



「大丈夫。レティシアが心配だから、できるだけ急ぎたい。ロイリアこそ大丈夫? きつくない?」

「ぜーんぜん! キリハ、すっごく軽いもん。それに、お姉ちゃんのことも心配いらないと思うよ。」



 ロイリアは得意げに鼻を鳴らした。



「なんたって、お姉ちゃんは眷竜けんりゅうだもん。」

「眷竜?」



 キリハが首をひねると、ロイリアの声の調子がさらに上がる。



「うん! お姉ちゃんは、神竜様の次にすごいドラゴンなんだよ。他のドラゴンの血にもある程度の耐性があるし、それにすっごく強いんだ。お姉ちゃんに勝てるドラゴンなんて、そうそういないよ。」



「そうなんだ……」



 キリハは複雑な顔をして、ロイリアの首に回す腕に力を込めた。



 きっと、ロイリアの言うことは事実なのだろう。

 そういえば彼らと初めて会った時、フールも〝眷竜〟という単語を口にしていた気がする。



 でも……



「やっぱり心配?」



 ロイリアは笑う。



「じゃあ、心配ないってところを見せてあげないとね。行くよ!」

「わわっ!?」



 ロイリアが一気にスピードを上げる。

 慌てて口を閉じ、キリハは暴風に耐えるためにきつく目を閉じた。



 一瞬でも気を抜けば、途端に飛ばされてしまいそうだ。

 ロイリアにしがみつくのに必死で、ここが空の上だということも忘れそうになる。



 あとどれくらいで現場に着く?

 人に被害が出る前に、なんとかできるだろうか。



 ここでの結果が、今後の未来を大きく左右する。

 自分はそういう行動を選んだ。

 完全な独断だ。



 だから胸の中には、どす黒い不安がぐるぐると渦巻いている。



 でも、もう戻れない。

 動き始めてしまった以上、あとはやりきるしかない。



 分かっているのに、目を閉じて風圧に耐えるこの時間が、不安でたまらないのだ。

 そんな不安に耐える時間が、どのくらい続いたのかは分からない。





「見えてきたよ!」





 待ち遠しかったその声が耳朶じだを打つ。

 ロイリアがそれなりに速度を落としたところで目を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。



 すたれた印象を受ける岩山の上で、二匹のドラゴンが飛び回っている。

 互いに近寄っては相手を傷つけようと牙を向き、爪を降り下ろし、そしてまた離れる。



 彼らが腕を振る度、翼をはためかせる度に、周辺に生えていた数少ない木々が、まるでおもちゃのように倒れていく。

 こんな山々や人間の住処すみかなど、彼らにとってはただのジオラマみたいなものなのかもしれない。



 まざまざと突きつけられる、人間とドラゴンの圧倒的な力の差。



 人間にとって、ドラゴンが危険な存在であることには変わりない。

 オークスの言葉の意味が、身にみるようだった。





「キリハ……怖い?」





 言葉を失っているキリハに向かって、ロイリアがそっと訊ねる。

 そこに込められた微かな怯えに、キリハはハッとして息を飲んだ。



 ロイリアの言葉で気付いた。

 レティシアたちが繰り広げる戦いに意識を奪われていた体が、情けないほどに震えていることに。



 怖い?

 そりゃ怖いよ。



 だって、あんなに容赦のない戦いなんて見たことがない。

 あんな風に、互いの命を奪い合うような鬼気迫る雄叫びなんて、聞いたことがない。



 でも、それは―――





「大丈夫。怖いけど、別にロイリアたちが怖いわけじゃないから。」





 キリハは微笑み、不安げなロイリアの首筋をなでた。



 今は、初めて見る光景に気圧されただけ。

 こんなことなんかでくじけない。



 目を伏せ、一つ深呼吸。

 それで、完全に意識を整える。



 表情を引き締めたキリハは、まっすぐに前を向いた。


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