共同戦線

 レティシアと戦っているドラゴンは、レティシアの三分の二くらいの大きさ。

 普段討伐しているドラゴンの範疇はんちゅうだ。

 おそらく、今ディアラントたちが戦っているドラゴンの方が大きいだろう。



(この大きさなら、大丈夫。)



 キリハは食い入るように、レティシアたちを凝視する。



 血を流す二匹のドラゴン。

 パッと見は互角に見えるが、双方の動きには明らかな差があった。



 動きに一切の迷いがないレティシアに対し、相手のドラゴンは、ふとした拍子に警戒するように彼女から距離を取るのだ。

 それは決まって、レティシアが大きく腕を振りかぶった時。



 そしてあのドラゴンは、必要以上にレティシアに近づこうとしない。

 彼女に敵意を向けながらも、彼女と接触しそうになると、慌ててそこから離れていく。



「ねえ…。あのドラゴンがレティシアから離れようとする理由、分かる?」



 ここからでは、両者にどんな違いがあるのかを察するにも限界があった。



「お姉ちゃんが、怪我してるからだと思う。」



 ロイリアは迷うことなく答えた。



「お姉ちゃんはあいつの血を浴びても平気だけど、あいつは違うから。ぼくらにとって、仲間の血は毒なんだ。だから、必要以上にお姉ちゃんの血を浴びたくないんだと思う。自分も怪我をしてるなら、余計に近寄りたくないよ。」



「………」



 レティシアたちから目を離さないまま、キリハはポケットの中の試験管を握る。



 多少個体差はあれど、ドラゴンが仲間の血液に弱いという伝承は本当らしい。

 それならば、この薬も使いようがあるだろう。



「仲間の血って、ちょっとかかるだけでもだめなの?」



 脳が意識と分離して、勝手にフル回転しているような心地がする。

 目でレティシアたちの動きを焼きつけている最中さなかでも、どこからともなく、訊くべきことがするすると出てくるのだ。



「それくらいなら平気。問題は、仲間の血が体内に入ることの方。」



 これまたロイリアが即答する。



「鱗に血がかかる程度で、ぼくたちは死なないよ。でも体内に少しでも血が入ると、すぐに具合が悪くなっちゃうんだ。あんまり大量に取り込めば、あっという間に死んじゃうと思う。」



「それは、量の問題?」



「分からない。でも、神竜様やお姉ちゃんの血は特に怖がられてるから、もしかしたらそれだけじゃないのかも。」



「……分かった。ありがとう。」



 己のやるべきことは見えた。

 あとは、タイミングを推し測るだけだ。



 キリハは《焔乱舞》を抜き、自分の体を固定する鎖に静かに刀身をつけた。

 すると鎖の周辺で小さな炎が起こり、次に重たげな音を立てて鎖が地面に落ちていく。



「ロイリア。俺が行ってって言ったら、レティシアたちに近寄って。あとは、俺がなんとかする。」

「え? ……う、うん。」



 戸惑った様子を見せながらも、ロイリアは頷いてくれた。

 キリハはその言葉を最後に、口を引き結んだ。



 じっと、レティシアたちの動きを観察。



 人間だろうとドラゴンだろうと、その動きには必ず癖があるはず。

 ならば絶対に、自分が有利な展開を引き寄せることができる。



 持っている薬は一本。

 チャンスは一度。

 だからなんだ。





 ―――つけ入る隙なんて、一度あれば十分だ。





「今! 行って!」

「分かった!!」



 ロイリアの首に手を回して叫んだ瞬間、彼がレティシアたちに向かって直進した。



 レティシアが相手のドラゴンに大きく爪を振りかぶって一発を叩き込み、その反動で二匹の間に距離が開く。



 その隙間に絶妙なタイミングでロイリアが入り込むと、双方に驚愕から来る隙が生まれた。



「ロイリア! 次、上!!」

「はい!」



 キリハの声に応えて、ロイリアが上方向にぐるりと旋回。



 極度の集中が、全ての動きをにぶく見せる。

 狙うのは、ロイリアが次にあのドラゴンの間近に迫る瞬間だ。



 スローモーションで流れる世界の中を滑りながらその時が来るのを待ち、そして―――





 ロイリアの首から手を離し、彼の背中を蹴って空中に躍り出る。





「へっ!?」



 ロイリアが素っ頓狂な声をあげるが、その声はすでにキリハには届いていない。



 空を舞いながら《焔乱舞》を引き抜き、レティシアに教わったように、自分のやりたいことをイメージする。



 今は、ドラゴンを飲み込むような大袈裟な炎はいらない。

 荒ぶる炎を、最大限の集中力で小さく研ぎ澄ませる。



 あっという間に近づいてくるドラゴンの背中。

 落下の勢いを借りて、そこに《焔乱舞》を深く突き刺した。



 その刹那に炎が傷口周辺の鱗を焼き、その下にある柔らかい地肌があらわになった。

 地肌を引き裂くように《焔乱舞》を抜き払い、ぱっくりと開いた傷口に血液薬の入った試験管をねじ込む。



 そして試験管を割る意味も込めて、すかさず《焔乱舞》を再度突き立てたところで、キリハは深く息を吐いた。

 背中から振り落とされそうになるのを、突き刺した《焔乱舞》に掴まって、ぐっとこらえる。



「………っ」



 ほどなくして訪れた変化に、一瞬呼吸を忘れた。



 《焔乱舞》を刺した部分の皮膚が、瞬く間にただれていくのだ。

 それは、《焔乱舞》による火傷とは全く違うたぐいのものだった。



 ――――――――ッ



 ドラゴンが絶叫をとどろかせる。

 次の瞬間、今まで完璧にコントロールできていたはずの《焔乱舞》が暴れて、爆裂な炎を吐き出した。



「えっ……うわあっ!?」





 その勢いに食らいつくことができず、《焔乱舞》ごとドラゴンから離れてしまった体が、空中へと放り出されて―――




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