繋がる証言

「ふぅ…。やっぱり、ターニャも結構きてるみたいだな。あの天才はもう……好奇心であっちにもこっちにも手を広げて、どこでもかしこでも完璧に仕事をやり切っちゃうから、信頼ばかりが厚くなっちゃってるじゃないの。これはちょっとばかり、あの子の役割を分散させないとだめだな……」



 ターニャの執務室を出て、フールは重たげな吐息を一つ。



 ジョーの能力がずば抜けているので仕方ないのだが、一人が欠けるだけで総崩れを起こしそうになっては、組織として強いとは言えない。



 とはいえ、ジョーは少しでも暇になるとすぐに余計な仕事を獲得してきてしまうので、あの暇嫌いと好奇心をどう制御するかが悩みどころである。



「おーい、フール。」



 その時、誰かがこちらに声をかけてくる。

 といっても、自分を呼び捨てにする人間は限られているし、声だけで誰かは分かるのだけど。



「どうしたの、ディア。」



 資料を片手に歩いてくるディアラントに、フールはひらひらと手を振った。



「ターニャ様、今いるか?」

「うん。中にいるよ。」

「そっか……」



 答えると、ディアラントは資料に目を落として深くうなった。



「どうかした?」



「いやな…。ようやくジャミルの取り調べが始まって、第一弾の報告書が届いたんだけど……これ、どう説明したもんかなぁーって。」



「んん? 話の内容が専門的すぎるとか?」



「違う違う。あー、でも……ある意味専門的か。頭が超次元にぶっ飛んでるって意味でだけど。」



 ポリポリと頭を掻きながら、ディアラントは資料の内容をかいつまんで説明する。



「こっちの質問なんかそっちのけで、自分がどんなに熱意を込めて目を集めてきたかっていう、無駄な自慢話ばかりなんだとさ。かと思えば、早くキリハとエリクさんの目をえぐらせろって、馬鹿なことを要求してくるそうだ。」



「ものすごい執念だね……」



「あのくそ医者め……もう一発、麻酔でも打ち込んでもらおうかな。こっちはお前をボコボコにしたい気持ちを、必死こいてこらえてるってのに。」



 愛弟子を傷つけられ、その友人の兄も利用されて殺されかけて。

 それがきっかけとなって、相棒二人も巻き込まれ事故で機能停止。

 特に一人は、今まさに生死の綱渡り中だ。



 こういう時はどうしても、直接ジャミルの被害に遭ったキリハやエリクに目が行きがちだが、ディアラントもディアラントで相当な苦行をいられている。



 今回の事件が宮殿に与えた影響は、あまりにも甚大だ。



 フールは沈鬱ちんうつな心境に陥りながら、ディアラントが持つ資料に目を滑らせた。



「ところで、キリハのご両親の件は……どうなってるの?」



 資料を読みながら訊ねると、ディアラントが微かに息をつまらせる音が聞こえた。



「一つ一つ遺伝子検査に回してるそうだけど、あいつのコレクションが多すぎるせいで、まだなんとも……」

「そうか……」



「でもさ……仮に、あの中にキリハの両親の目がなかったとして、それでキリハが救われるのかね…?」

「………」



 ディアラントの疑問に、フールは何も答えない。

 彼が何をうれいているかは、火を見るよりも明らかだったからだ。



 ジャミルがコレクションとして保管していた目の中に、キリハの両親のものがなかったとしても、ただそれだけ。



 その事実が、キリハの両親が殺されていなかったことの証拠になるわけじゃない。



 摘出する最中で傷ついた目や、摘出したのはいいものの気に入らなかった目は、遺体に戻されたか捨てられたかのどちらかだろう。



 その中にキリハの両親の目がないという保証はどこにもない。



 ジャミルがこれまでに殺した人間の名簿でも出てこれば話は別だが、そうでもない限り、九年前の真実は永遠に闇の中だ。



 一度芽生えてしまったこの疑いは、二度と解消されることがないだろう。



(それにしても……本当にひどい……)



 資料に並んだ文字を理解するほどに、吐き気が込み上げてくるようだ。



 到底医者であったとは思えない、あまりにも自分勝手で、命の尊厳など度外視した支離滅裂な供述。

 これを直接聞かされた捜査官には同情するしかない。



(ん…?)



 ふと、とある行で目が止まる。



〈あのくれない色の瞳は神々しく、あのよどみを帯びた瞳は禍々まがまがしさを感じさせ、私の心を捕らえて離さない。〉



 紅色の瞳は、言うまでもなくキリハのこと。

 それならば、もう一方の瞳はエリクのものであると想定できる。



よどみを帯びた…?)



 それを己の中で繰り返した瞬間、別の情報がそこに紐づいた。



 自分が認知できない、もう一人の自分がいる。

 ジャミルの傀儡かいらいとなって、大切な人を出口のない絶望へと導く自分が。



 エリクのメッセージにあった叫び。





 もう一人の自分とは、まさか―――





「くっそ…っ。いつの間に…っ!!」



 真相の一端に気付いたフールは、怨嗟えんさを込めた声でそう毒づく。

 そして次の瞬間、弾かれたようにディアラントの隣を通り過ぎていった。



「おい、フール!?」

「僕のことはほっといて!! それより君は、ターニャのフォローでもしてあげてよ! 今一人だから!!」



 言い捨てるだけ言い捨てて、フールはディアラントを置いてそこを去る。

 もう見慣れた景色の中を猛スピードで飛び抜け、ジャミルが収容されている規律監査部の地下へ。



「今すぐ中に入れて!!」

「へ…? フ、フール様…?」



 取り調べ室の見張りにあたっていた男性は、フールを見てぎょっとする。

 しかし、今のフールにはそんなことを気にする余裕などなかった。



「早くする! 僕に難癖つけられて、更迭こうてつでもされたい!?」

「い、いえ!」



 フールの脅しに顔を青くした彼は、慌てた様子で取り調べ室のドアを開く。

 そのドアが開ききる前に、フールは細い隙間から身を滑らせていた。



「フール様!? どうして、このような所に…っ」



 ドアが開く音に振り返った捜査官は、びっくり仰天。

 その向かいでは、ジャミルが両目を大きく見開いて唖然としていた。



「な、なんだ…? この生き物は……」

「君には用はない!!」



 ジャミルの戸惑いを痛烈に拒絶し、フールは怒りのままに叫ぶ。





「どうせ見てるんだろう!? いい加減、高みの見物はやめて出てこい! ―――レクト!!」





 その怒鳴り声が空気を揺らした瞬間、ジャミルの顔から感情の一切が抜け落ちた。

 その数秒後。



「―――ふふふ……」



 薄く開いたジャミルの唇から、くぐもった笑い声が漏れた。





 ゆっくりとフールを見つめた彼の瞳の奥で、ゆらりとよどみが揺れる―――




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