圧倒的な才能

 連れていかれたのは、宮殿本部の地下。

 そこには、コンクリートに覆われただけの広い空間があった。



「ほらよ。」



 ルカに何かを投げられ、キリハはそれを反射でキャッチする。

 それは、さやに納まった一振りの剣だった。



「それじゃ不満か?」



 剣を持たされたことで、ルカが何をしようとしているのかは大方察しがついた。



 口では解決しそうにないので、剣で語ろうというわけだ。



 この国では、一定の剣技を身に着けることが義務化されている。

 そんな背景を持つこの国だからこそ、まかり通るやり方だ。



 すっきりとルカの意図を理解したキリハは、静かに首を横に振った。



「別に、武器にこだわりはない。俺が合わせるだけだから。」



 鞘から剣を抜き、感触を試すために何度か振る。



 孤児院で愛用していたものより重い剣だ。

 それもそうだろうと思い、キリハは目を細める。



 ずっしりとした重く固い質感。

 孤児院で使っていたものとは違う、誰かを傷つけることができる本物の剣だ。

 加減を間違えば、怪我では済まされないだろう。



「少しは楽しめそうだな。」



 ルカは軽く笑い、様々な武器が並ぶ壁面に手を伸ばした。



 彼が手にしたのは、キリハが持つ剣の半分くらいの長さの短剣だ。

 刀身が短い分横幅がとられている、威力が高そうな短剣。



 それが、二本。



「ちょっ……ちょっと、ルカ!!」



 カレンが非難めいた声をあげた。



「あんた、二刀でやる気なの?」

「これがオレのやり方だ。オレは、手加減する気はないからな。」



 それだけ言って、ルカはカレンからあっさりと目を離す。



「異論は?」



 ぞんざいな口調で問われ、キリハはまた首を横に振った。



「いや。人のスタイルに文句をつける気はないよ。」

「ふうん。」



 ルカは面白げもなく呟き、キリハの正面に立つと双剣を構えた。



「ちょうどいい腕試しだ。一応これから、同じ竜騎士ってことになるしな。お互いの剣のやり方くらい、知っておいた方がいいだろう。」



 互いのやり方を知るために、下手な小細工はしない。

 だからこそ、ルカは最初から二刀流を隠さなかったのだろう。



 こちらに腹を立てていることも少なからず影響しているだろうが、大部分の目的はそうであると思っておくことにする。

 ではこちらも、その意向に沿うとしよう。



 キリハはルカの構えを上から下まで眺めると、左手に持っていた鞘を遠くに投げ捨てる。





 剣をスッと前方に構え――― そして、何故かその剣を下ろした。





「なんのつもりだ?」



 ルカが怪訝深そうに顔をしかめる。

 だがキリハはルカをまっすぐに見据えたままで、剣を動かそうともしなかった。



「これが俺のスタイルなの。気にせずに。」

「そうか。……どうやら、なめられているようだな。」



 ルカは憎々しげに吐き捨てる。



 キリハは、自然体で立っているだけだ。

 こちらが間合いを調整すればそれに合わせて軽いステップを踏むが、それ以外には特に何もしない。

 剣はあくまでおまけでしかないかのように、キリハの右手からだらりと下がっている。



「本当に、気に食わない奴だ。」



 呟いた次の瞬間、ルカは勢いよく走り出した。



 どんどん詰まっていく二人の距離。

 キリハは焦る素振りも見せず、迫りくるルカの姿を見つめ続けていた。



 ルカは眉間に力を込め、左の短剣を突きの姿勢で構える。

 そのままその剣をキリハ目がけて振りかざすと思わせ、ぎりぎりで体の方向を変えて、右の短剣をキリハの横っ腹を狙って突き上げた。



「なっ…!?」



 ルカは目をみはる。



 剣が受け止められていた。

 フェイントをかけた左の方ではなく、攻撃を仕かけた右の剣の方が。



 体を半回転させたキリハの剣が、ルカの剣を完璧に受け止めていたのだ。

 ルカはその事実をすぐには受け入れることができず、石のように固まってしまう。



 今のキリハには、剣を構える間はおろか、体を動かす暇さえなかったはず。

 剣を繰り出す直前まで、こちらと目を合わせていたのだから。



 ルカの驚きは、まだ終わらない。



 ルカが驚愕に捕らわれていたその刹那の間に、キリハの姿が間の前から消えていた。

 しかも剣に込めていた力を見事にコントロールされ、自らの剣の勢いに負けたルカは、前のめりにバランスを崩す。



 その刹那にルカが感じたのは、背後からの音もない気配だ。



「―――っ」



 本能的な判断で、ルカは傾ぐ体を利用して前に転がる。

 そのすぐ後に、腰の辺りに空気を切る音と風が通り抜けていった。



「お見事。」



 急いで体勢を整えて距離を置いたルカに、キリハはくすりと笑う。



「あれをけられるのは、地元の兄ちゃんくらいだったんだけどな。」



 避けられたとはよく言ったものだ。

 ルカはぐっと唇を噛む。



 後ろに手をやれば、服がすっぱりと切れているのが分かる。

 しかし、肌に痛みはない。



 ついさっき触れたばかりの武器で、ここまで絶妙な手加減ができるとは。



「どういう手品を使ったんだ?」



 低い声でうなったルカはキリハを睨む。

 そんな悔しげなルカの反応に多少溜飲も下がり、キリハは肩をすくめた。



「手品だなんて言わないでほしいな。さっきも言ったけど、これが俺のスタイル。敵の動きを読み取り、自分の攻撃は悟らせず。ま、全部兄ちゃん仕込みなんだけどさ。知らないかな? 風魔ふうまのディアラントって、宮殿では少し名が通ってるらしいんだけど!」



「!?」



 ルカは目を剥く。

 キリハの姿が、またも一瞬で視界から消えたのだ。



「くっ…上か!」



 ぐるりと視線を巡らせると、斜め右後ろ方向から降ってくる剣が、かろうじて視認できた。

 間一髪でそれをさばき、ルカは体の向きを変える。



 だがこれもある程度予測できていた流れなのか、キリハは余裕を持った身のこなしで地に足をつき、くるりと宙を舞って一定の距離を取る。

 そしてやはり、この状況でもキリハは自然体を崩してなかった。



 ルカは双剣を力強く握り締める。



 目で追えないキリハの攻撃を受け続けるのには無理がある。

 どうにかして自分のペースにキリハを巻き込み、あの余裕を削ぎ落とさなければ。



 顔をより一層歪め、ルカはまた地面を蹴った。


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