あえて突きつける言の葉

「正直に答えろ。ルルアに興味があるのか?」

「……うん。」



 淡々とした口調で訊ねると、キリハは少しの間を置いてから、ぎこちなく頷いた。



「実際に行ってみたいと思うのか?」

「うん。」



「じゃあ逆に、ここに残っていたいと思うか?」

「………」



 そこで早くも、キリハの答えが途切れた。



「ここにいることに、不満があるのか?」



 ルカは構わずに質問を続ける。



「ううん。そういうわけじゃない。」



 次の質問には、キリハが即で首を振った。



ほむらを持ってることが嫌になったか?」

「それも違う。」



「じゃあ、無駄に注目されることに疲れたか?」

「時々そんな時はあるけど、それはもう慣れたかな。」



「なるほどな…。じゃあ、現状に不満はなくとも、レティシアたちの件について、何か溜飲が下がらないことがあるってところか?」

「…………うん。」



 まあ、最初からこんなことだろうとは思っていたが。

 とりあえず今は、キリハの心境について本人の言質げんちが取れたことでよしとしよう。



「なあ、お前が悩む理由って何なんだ? 話を聞いてる限り、お前の気持ちは完全にルルアに傾いてるじゃないか。」



 ルカはあくまでも、平静な声で指摘する。



 今の自分は、キリハの気持ちを整理してやっているだけ。

 この段階ではまだ、自分の意見を交えてはいけない。



「自分がいなくなった後のレティシアたちを心配してるなら、あの大統領にレティシアたちも一緒に連れていきたいと頼めばいい。ドラゴンを常に連れ回してるようなあの人のことだから、それくらい快諾するだろうに。」



「うん。ノアもそう言ってた。」

「なら、なおさらに意味が分からねぇぞ。」



「………」

「分かった。質問を変える。」



 ルカはすぐに切り替えた。



 ここが、キリハ本人も分かっていない心の肝だ。

 高確率で、ここを掘り下げたところに、キリハが迷う最大の理由があるはずだ。



「お前がここに残ることを選ぶとして、その理由はなんだ?」

「それは……」



「焔に選ばれたからっていう理由はなしだ。」

「ええっ!?」



「当たり前だ。それは誰でも知ってんだよ。それ以外で、お前が心からここに残ろうと思える理由はなんだ?」

「え、えっと……」



 かなり動揺した様子で、キリハは目を右往左往させる。



「すぐには答えられないんだな?」



 ルカは詰問に近い口調で問いを重ねる。



 言い繕う隙など与えない。

 自分が知りたいのは、建前じゃないのだから。



「………ごめん。」



 心底申し訳なさそうに肩を落とし、キリハはルカの言葉を認めた。



「謝るな。それでいい。」



 ルカは椅子の背もたれに背を預け、一気に全身から力を抜いた。



 さあ、整理はこのくらいでいいだろう。

 一つ深呼吸をし、腹をくくる。



 これから自分が告げる言葉に、無自覚でプライドが高いキリハは、大なり小なり傷つくだろう。



 だが、ここでこの言葉を突きつけなければ、次の段階には進めない。

 それも、自明の事実だ。



「―――キリハ。」



 あえて、普段は絶対に呼ばない名前を呼ぶ。



 心底驚いたキリハの意識が、こちらに集中する気配。

 それをひしひしと感じながら、ルカは姿勢を正してキリハに向かい合った。





「ルルアに行け。」





 放ったのは、突き放すような言葉。



「違う。お前がいらねぇって言ってるんじゃないし、お前が邪魔だとも言ってない。そういう意味で言ってるんじゃない。」



 予想どおり顔を歪めたキリハに、先手を打ってそう断りを入れておく。



「もし義務でしかここにいないんだったら、自分の気持ちを優先しろって言ってんだ。」

「でも……」



「そりゃ、義務だって大事だ。それは、お前と一緒にここにいるオレが十分に分かってる。でもな、それでもオレは、お前にルルアに行けって言う。ここからは一度しか言わないから、よく聞いとけよ。」



 情けなく瞳を潤ませるキリハを見つめ、ルカは大きく息を吸った。



「オレたちは、お前のことを信頼してる。お前の人間性も剣の腕も、お前が今まで積み上げてきた功績も、オレたちはちゃんと認めてる。そしてそれは、活躍する場が変わったところで忘れるもんじゃない。だから―――」



 言葉に―――想いに、力を込める。



「お前は、自分が本当にやりたいことを一番に考えて答えを出せ。オレたちがお前のことを信じてるように、お前もオレたちのことを本当に信じてくれるなら、〝ここは任せた〟って笑って、ルルアに行ってこい。お前がいなくなることで開く穴はデカいけど、オレたちはちゃんとそれを埋めてやる。ルルアに行って、やりたいことをやり切って、もしここに戻ってくるっていうなら―――その時は、みんなで笑って出迎えてやる。」



 こんなことを言うなんて、到底自分のキャラではないのに。

 言い切った瞬間に羞恥で心臓が暴れ出して、顔に熱が集まってきそうになる。



 でも、伝えるべきことは伝えた。

 後悔はしない。



 これは、自分だけの意見じゃない。

 少なくとも、キリハを育ててきたディアラントは、自分と似たような気持ちでいるはずだ。



「ちゃんと向き合え。自分の心に嘘をつくな。」



 茫然と目を見開くキリハに、ルカは努めて平静を装ってそう告げた。


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