次の段階へ
「別に、間違っちゃいないと思うぞ。」
あっさりとこちらの言葉を肯定したルカは、その次にとんでもないことを言った。
「それ以外のことなんか、あいつの育ての親に任せときゃいいんだよ。」
「そんな…っ」
とっさに、非難めいた声をあげるキリハだったが……
「黙れ、馬鹿猿。これだからお前は、いつも無駄に落ち込むんだ。」
ルカはピシャリとそれを遮り、呆れたように腰に両手を当てた。
「お前は、無自覚でプライドが高すぎる。どんなに常識外れのことばっか実現できたとしてもな、お前は神様ってわけじゃねぇんだ。人間一人にできることなんて、たかが知れてるんだよ。よく考えろ。」
とんとん、と。
頭をつつくルカ。
「オレたちはきっと、父親以外にも味方がいるんだってことを示してやることはできる。あいつが悪いわけじゃないってことを伝えることもできる。だけど、親からの無条件の愛情ってやつは、オレたちが教えてやれるもんじゃない。子供どころか結婚すらしてないオレらが、そんなもん分かるわけないだろ。」
「う…」
「なんでもかんでもお節介を焼きたがるけどよ、明らかにできもしないことをやろうとするのは無謀だし、無責任だ。そんなんじゃシアノを守るどころか、かえって傷つけることになるだけだぞ。自分が責任を持つべきところを履き違えるな。」
「………」
「で、誤解させないように先に言っとくけど、オレはお前を責めてるわけじゃねぇからな。所詮、会ってから日が浅い他人のオレらには、その程度のことしかできないのが現実ってだけだ。」
(あ……)
そこでようやく、ルカがこんな話をしてきた意図の一端を掴んだような気がした。
表情を変えたキリハに、ルカはさらなる言葉を投げかける。
「もっとよく物事を見ろ。お前にしかできないことがあるように、お前にはできないこともあるんだ。もちろん、できることがあったとしても、それがお前の役割じゃないってこともな。それを受け入れて、何もできない場面に直面した時に、自分を許せるようになれ。自分の役割じゃないことは、その役割を持つ奴に任せる勇気を持て。それも、立派に人を信じることになる。」
そこまで言うと、ルカはキリハの真正面に立って、その目をまっすぐに見つめた。
「今から訊くことの意味を、よく考えろ。お前の理想は、お前一人だけのちっぽけな力で実現できるもんなのか?」
「―――っ!!」
目を見開くキリハの胸に、ルカが軽く拳をぶつける。
「お前の頭はともかく、お前の心は答えを知ってるはずだ。だからお前は、自分の理想の世界にたくさんの人間を巻き込んできたんだろう。最初はお前一人の理想だったとしても、そこについてくる人間の数が大きくなれば、当然それは、一人で引っ張るには重すぎるもんになる。じゃあ、重くなった理想をどうやって支えるのか…。お前はもう、次の段階のことを考えなくちゃならないとこまできてんだよ。せっかく作った土台を、ぶっ壊したくないだろ。」
「―――……」
その時の感覚を、どう表現すればいいのだろう。
なんだか、ずっと閉じていたドアが開いて、新しい風が吹き込んできたような。
目の前の視界が、ぐっと広くなったような。
そんな感じがした。
やっぱりそうだ。
ルカがここまで丁寧に語る意図を感じ取った瞬間、今までの彼の言葉が一気に胸に浸透した。
ルカは今、ただ自分を
彼の言葉は自分のためであると同時に、自分と触れ合う数多くの人々のために紡がれているのだ。
そういえば、ノアが来た時にもルカは言っていた。
自分たちを信じてくれるなら、ここは任せたと言って、笑ってルルアに行ってこいと。
(任せる、か……)
考えてみれば、そんなことをしようと思ったことはなかった気がする。
でも、ルカの言うとおりだ。
確かに今、自分は自分にできないことまで、自分でどうにかしようとしていたのかもしれない。
自分一人だけでできることは、すごく少ない。
これまでも、たくさんの人に助けてもらった。
それは、分かっていたつもりだったのに。
それに、自分が自分の理想に他の人を巻き込んでいるなんて、考えたこともなかった。
でも、ルカがそう言うということは、少なくとも彼の目にはそう映っているのだろう。
もしかしたら、彼自身が当事者としてそう思っているのかもしれない。
なら、自分の小さな理想だったものは今、自分一人だけの理想じゃないのかもしれない。
そう思えたことは、自分の世界がまた大きく変わるきっかけのように感じられた。
「ありがとう、ルカ。」
キリハはここで、今日初めて穏やかな表情を浮かべる。
「ちゃんと考えてみる。すぐにはルカの言ったことの意味は全部分かんないけど、今まで積み上げてきたものを壊したくはないもん。ほんと、ルカはすごいね。」
それは、心底感じるところだった。
ルカは本当に、他人のことをよく見ている。
他人のことなど知らないと言いながら、彼は自分が行き詰まる度に、こうして的確なアドバイスをくれる。
ルカにこうやって説教をされたおかげで、自分は何度も、新しい考え方や物の見方を知ることができた。
最初の出会いはどうであれ、ルカは自分にとってかけがえのない友人だ。
ただ、疑問に思うことがあるとすれば……
「でも、なんでそこまで色々と知ってるくせに、普段はあんなんなの?」
その一点だけが残念だ。
「うっ……うるせえ!! 知ってることと、それを行動にできるかは、また別問題なんだよ!」
ルカが顔を赤くする。
「うーん……」
よく分からない。
言い方や気の回し方がやや分かりづらい節はあるが、ルカは自分で言うほど不器用な人間ではないと思うのだが。
「もったいないなぁ…。もう少し素直になれば、絶対に好かれるのに。」
「余計なお世話だ。誰からもべたべた好かれてたまるか。それにオレはお前と違って、誰にでも親切心を振りまきたいとは思わねぇんだよ。好きでもなんでもない奴にまで構ってられるか。」
「……ん?」
キリハはピクリと眉を上げる。
なんだか今、とても嬉しいことを言われた気がするような。
「じゃあこんなに構ってくれるのって、俺のことは好きってこと?」
「………っ!?」
訊ねた瞬間、露骨にルカが言葉につまった。
「………………そ、そこについては触れるな。」
たっぷり黙り込んだ後、彼の口から出た言葉がこれである。
「ええええぇー…」
「残念そうにすんな! 大体、なんでオレがここまで気を揉まなきゃなんねぇんだよ!? 元はといえば、お前がくだらないことで、うじうじ悩みまくるからだろうが!!」
ルカが顔を真っ赤にしたまま、キリハの頭を殴る。
「お前はいつも、猪突猛進すぎんだよ! なんでもかんでも、自分一人でどうにかしようとして! お前は、全知全能の超人なのか!? そんなに残念な脳みそしてるくせにか!? 自分を過信するんじゃない! なんにも考えずに直感だけで突っ走るから、こうやって無駄に痛い目見るんだよ!! この馬鹿猿が!!」
「ふえぇ…。そこまで怒らないでよー。ごめんってばぁー…」
とりあえず、自分がルカの地雷を踏んだことは分かった。
これでは、説教なのか八つ当たりなのか。
でも、少し肩の荷が軽くなった。
こんな時に味方でいてくれる人がいることが、どんなに心強いか。
それが実感できて、本当に嬉しい。
だから、これだけは自信を持ってシアノに教えてあげられる。
今回の件に関しては、ルカの言うように、自分にできることとできないことがあるだろう。
だからこそ、自分ができることを精一杯できるように。
まずは自分の感情を抜きにして、ちゃんとシアノと向かい合おう。
素直にそう思えるのは、ルカが背中を押して
「……ふふ。」
本当に、自分は恵まれている。
そう思うと胸が幸せで温かくなって、自然と頬がほころんだ。
結果。
「気色悪い!」
またルカに殴られ、合流の合図がかかるまで、長い説教をされるはめになってしまった。
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