生まれていく絆

 さて、情報を整理しよう。



 まずルカについてだ。



 彼は猪突猛進な努力家だが、ひねくれた性格故に自分すらも追い込んでしまっている。

 彼と上手く渡り合っていくには、まずこちらの言葉に耳を貸してもらわねばなるまい。

 だが、あのひねくれ者の性格の中に付け入る隙があるかどうか。



 次に、サーシャについて。



 彼女は普段、自らについてそこまで主張してこない。

 何に対しても受動的で、周りに合わせることを第一としている節がある。



 しかし、偶然とはいえあんな光景を目撃してしまったのだ。

 普段何も語らないからこそ、それだけ内側に押し込めている感情があるのかもしれない。



 ルカがそう簡単に変わるわけないし、サーシャにいきなり泣いていた理由を質問するわけにもいかないし、こんなのどう考えても……





「ぬわーっ! 俺には力不足だよー!! ムリムリムリーッ!!」

「ど、どうしったんですか急に!?」





 突然叫び出したキリハに、ララが驚愕して肩を震わせた。

 それで、ふと我に返る。



 目の前に広がる屋上の風景。

 近くにはララの姿。

 自分の手には濡れた洗濯物。



 そうだった。

 昼休みに手持ちぶさたになったので、たまたま見つけたララに頼み込んで、仕事を手伝わせてもらっていたのだった。



 さすがに、休み時間まではルカと行動を共にしなくてもいいと許可を取ってある。

 みんなと食事を取るのもよかったが、あの夜以降ルカともサーシャとも、どんな態度で接していいのか分からないので気まずい。



 かといって、一人でいても結局あの二人のことが思考を埋め尽くしてしまう。



 だから、ララの姿を見かけた時はすがる勢いで声をかけた。

 こうして雑用に従事していれば気も紛れるだろうと思ったのだが、どうやらあの二人の問題は、想像以上に自分の頭を圧迫しているようだ。



「ごめん。なんでもない。」



 これでは気晴らしにならないと、キリハはもやもやした思考を振り払うように洗濯物を振った。



「全然そんな風には見えませんでしたけど?」



 ララは苦笑いをしたがそれ以上は追及せず、洗濯物を干すことを再開する。

 詳しく訊かれなかったことにほっとしつつ、キリハも手際よく洗濯物を干していった。



 そんな風に時間をすごしていると、ふと屋上のドアがきしんだ音を立てて開いた。



 その中から出てきたのは、いつぞやの男性たちだ。

 彼らはパンが入った袋をぶら下げながら辺りを見回し、キリハを見つけると片手を挙げた。



「いたいた。相変わらず、庶民根性丸出しだな。」



 皮肉とも取れる彼らの言葉に、キリハは苦笑を呈する。

 それに対し、彼らの姿を見たララはその顔を不快そうに険しくした。



「あなたたち……わざわざ嫌味言いにきたわけ?」



 両手を腰に当てて臨戦態勢といった様子のララにさらに苦笑して、キリハはその肩をちょんちょんとつついた。



「ララ、大丈夫だって。」

「大丈夫って、何がですか? この前のこと、私はまだ怒ってるんですからね。」



 近づいてきた男性たちのことを下から睨み上げるララ。

 その剣幕は、彼らとの体格差など感じさせないほどの威力を込めていた。



 ララの厳しい視線を受けて、男性たちはそれぞれに困惑した表情をする。



「おお、この前の嬢ちゃんか。ごめんごめん、あの時はおれたちが悪かったって。」

「悪かったって、そんな軽く謝って済むことなんですか?」

「ま、まあ……それについてはだな……」



 一歩も引く姿勢を見せないララに、焦げ茶色の髪の男性が次第におろおろとし始める。

 その様子を、キリハはあえて口を出さずに見守ることにした。



「参ったな…。おい、キー坊! お前、すごい子を味方につけたな。こりゃ敵わねえって。」

「あはは、自業自得じゃん。ララ、もっと言ってやって。」



 面白くなってきたので、わざとララを煽ってみる。

 すると、途端に彼が慌てる仕草を見せた。



「か、勘弁勘弁! まったく……ほらよ!」



 ララから逃れるように両手を振り、次に彼は手にしていた袋からサンドイッチを取り上げてキリハに投げた。



「嬢ちゃんがいるから、今回はおごりにしといてやるよ。」

「わーい。ありがと~。」



 遠慮することなくキリハが笑って礼を言うと、ここでようやくララの表情に変化が訪れた。



「……なんか、仲良くなってません?」

「あれ、ようやく気づいたの? だから大丈夫って言ったのに。」



 彼に頼んでおいたサンドイッチの封を開けて、その中の一つを口にくわえる。

 キリハが証言したことで、やっと彼が肩の力を抜いた。



「ようやく誤解が解けた。キー坊、お前なあ……どこにいるかくらい、言っといてくれよ。しかも、全然助けてこねぇしさ。」

「へへーん。ちょっとした仕返しだよ。」



 キリハは意地悪く口角を上げる。



 あれから少しずつではあるが、キリハは宮殿本部を拠点にしている特務部隊である、ドラゴン殲滅部隊の人々との距離を詰めていた。

 特にキリハの言葉をストレートに受けたこのミゲルとジョーは、あれ以来何かと世話を焼いてくれるようになっている。



「これは、いいことなんでしょうけど……都合がよすぎるんじゃないですか?」



 キリハとミゲルたちを交互に見やり、ララは納得いかない表情でミゲルたちに視線を戻す。



「そんなこと言うなよ。しょうがねぇだろー。おれたちも悪かったけど、これまで竜使いっていうと、なんかいけ好かない奴らばっかだったんだからさぁ……」



「そうそう。ちょっと前まではミゲルも頑張ってたけど、結局ふてくされちゃってねー。でも、キリハ君のおかげでだんだん改善されてきてるし、そう怒らないであげてよ。」



 ジョーに苦笑混じりでフォローされ、ララには変わらずさげすみの視線を向けられ、ミゲルは居心地悪そうに視線を右往左往させている。



 はたから見ていて、こんなに妙で面白い光景もないだろう。

 さっさとサンドイッチを飲み込んだキリハは、素知らぬ顔で洗濯物を干すことを再開する。



 時間はかかる。

 でも、こうやって人の心は変わっていくのだ。



 なんだかんだと会話が続いているララたちを見ていると、それが実感できて嬉しくて頬がほころんでくる。



「キー坊!! だから、助けろっつってんだろー!!」



 情けなく大声をあげるミゲル。

 それにキリハが明るく笑っていると、ふいに地面が揺れた。



 天の助けか、地震に気を取られたララの意識がミゲルたちから外れる。



「最近多いですね、地震。」

「そうだね。」



 ララにならって、キリハも空を見上げた。



 この国は地震が多発する地域ではないはずなのだが、ここ二週間ばかり小さな地震が何度も起こっていた。

 一部の専門家がセレニア近海の離島にある火山の影響を訴えているが、実際のところはどうなのか分からない。



「なんか、変なことが起こらないといいのですけど……」



 そんなララの呟きは、青い空に消えていくのだった。


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