とっさに体が動く理由は―――
《焔乱舞》なくしてのこの戦いは、明らかにこちらにとって不利だろう。
ミゲルのこの言葉は、正確すぎるほどに未来を予言していた。
ライド地方の海沿いに現れたドラゴンは、すさまじい抵抗を見せた。
周囲に市街地がないのがせめてもの救いだが、やはり被害は甚大だ。
景色を楽しむために整備された道路も、その道路沿いに点在していた建物も、今は見る影もない。
動きを
「ちっ、めちゃくちゃな奴だな。前後部隊入れ替われ!! しんどいだろうが、あいつの注意を陸の方に向けるな!」
「ミゲル先輩!! レベル八麻酔弾の追加と、レベル十麻酔弾が届きました!!」
「分かった。後方支援は、前線部隊が奴の気を引いているうちに、背後から弾薬を撃つ用意をしとけ! 準備ができたら報告!!」
「はい!!」
まるで怒号のような声が、イヤホンから止まることなく流れてくる。
それを耳半分で聞き流しながら、ルカはドラゴンに向かって剣を振るっていた。
やりにくくて仕方ない。
細かなやり取りにいちいち無線を使うわけにもいかないので、前線部隊には無言での連携が不可欠。
それが、なかなか上手くいかないのだ。
戦いが長引けば長引くほど、噛み合わなさが顕著に表れる瞬間が多くなる。
キリハがいた時は、こんなことを感じなかったのに……
「……くっ…」
ルカは思わず目元を険しくする。
全然戦いに集中できない。
最後に見たキリハの姿が脳裏に焼きついていて、それが常に意識の半分を持っていってしまう。
キリハを信じろと、ミゲルは言った。
だが所詮、あんなもの気休め程度の言葉でしかない。
『容体が急変して、なす
今まで、エリクの口から何度そんなことを聞いただろう。
ミゲルの希望的な未来への言葉よりも、医者であるエリクの絶望的な過去の言葉の方が、何倍も重く心にのしかかってくる。
信じろと言われても、あれは助からない流れなのではないか。
ここで必死に戦って帰っても、そこで待ち受けているのは、二度と目を開かない冷たくなったキリハなのではないか。
そんな最悪の〝もしも〟が、ぐるぐると巡る。
カレンやサーシャには、このことを伝えていない。
ミゲルから厳重に口止めされたからだ。
彼
いらぬ情報?
これが?
吐き出してしまいたいのに吐き出せない。
そんなもやもや感が、余計に集中力を削いでいく。
再びドラゴンの元へと駆け出しながら、ルカはミゲルを盗み見る。
ミゲルは
いつもは指示を出しつつ自らも前線で剣を振るっているのだが、今回はそんな余裕もないらしい。
今は、目の前の仕事で精一杯なのだろうか。
それとも、本当にキリハがあんな状態でも平気なのだろうか。
自分なんかより、ミゲルの方がずっとキリハと親しかったはずなのに。
どうして……自分の方が、こんなにも不安なのだろう。
「―――っ!!」
視線を前に戻したルカは瞠目する。
瞬間的に目が合った、紅玉のような双眸。
その後、微かに震える両翼。
「全員伏せろ!!」
気付いた瞬間、無線のスイッチを入れて渾身の力で叫んでいた。
それと同時に、ドラゴンの足元に滑り込むようにして身を低くする。
それから数秒と経たない間に、ドラゴンの翼が生み出した猛烈な強風が一帯を襲った。
聞こえてくるのは、いくつもの悲鳴。
とっさに注意喚起はしたものの、何人かはこの風に飛ばされてしまったようだ。
「カレンちゃん!!」
ふと空気を裂いた、サーシャの金切り声。
「!?」
ルカは慌てて体勢を整えて、背後を振り返った。
そこには、右足を押さえてうずくまるカレンがいた。
その足元には、先ほどの強風で飛んできたらしい木片が落ちている。
どうやら、木片が足に当たってしまったらしい。
カレンの両手と右足は、血で真っ赤に濡れていた。
「まずい! 早くドラゴンの気を逸らすんだ!!」
ミゲルが剣を抜き払って突進するも、間に合わない。
この時にはすでに、ドラゴンの狙いは動けなくなったカレンに絞られていた。
「カレン!!」
ルカは無我夢中で走る。
カレンに一番近いのが自分だとか、そんな計算は一ミリも頭の中にない。
意識とは関係なく体は動き出し、視界はただカレンだけを映していた。
まるで、世界の全てがスローモーション映像のようだ。
振り下ろされるドラゴンの腕も、怯えた表情のカレンが流す涙も、コマ切れ画像のように動きがぎこちない。
声も出ない様子のカレンを胸の中に抱き込み、ルカはその場から思い切り飛びのいた。
直後にドラゴンの爪が地面に激突し、大きな地響きを生む。
「くっ…」
ルカは上半身だけを起こし、自分とカレンを見下ろす二つの目を睨んだ。
間一髪で
ドラゴンのターゲットは、依然としてこちらに固定されている。
負傷したカレンを抱えた状態では、これ以上ドラゴンから
目が合った瞬間、こちらの敵意を感じ取ったのだろう。
ドラゴンは大きく
「―――っ!!」
息を飲むカレンの視界を自分の体で塞ぎ、ルカはカレンを強く抱き締めた。
(――― ああ、そういうことか……)
必死にしがみついてくるカレンの温もりを感じながら、ふと理解した。
とっさに人をかばうのに、理由などない。
たったそれだけの思いで、体は恐怖すらも押しのけて、簡単に動いてしまうのだ。
なんて馬鹿なのだろう。
こんな単純なことに――― 死ぬ間際になってからしか、気付けないなんて……
カレンを抱いたまま、ルカは目をぎゅっと閉じる。
その時。
「みんな、丸焦げになりたくなければ動かないでね!!」
危機的状況にそぐわないほど明るい声。
そして、今聞こえるはずのない声が、右耳のイヤホンを通して流れてきた。
そう。
ありえない。
だって、この声は―――
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