安らぎは一瞬の内に―――

 問われ、サーシャは石のように固まる。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。



『キリハのこと、好きなの?』



 脳内でその言葉を反芻はんすうする。

 何度も何度も何度も何度も……



「――――っ!!」



 あっという間に真っ赤に染まるサーシャの顔。



「あら、自覚なしだった?」

「えっ……あの……え!?」



 あらまあ、と頬に手を添えるメイに、サーシャはろくに声も出せない。



「っていうか、キリハもキリハよね。あの子ったら、無自覚で乙女心をばんばんプッシュしちゃって……」



 ナスカが眉を下げて苦笑する。

 メイもそれに同意。



「大抵のことはそつなくこなす子だから気にしてなかったけど、さすがにレディーとの接し方は教えてなかったわね……」

「というか院長。キリハの口から、一度でも恋愛関係の話を聞いたことあります?」



「いいえ。そう言うナスカさんは?」

「あったらよかったんですけどねぇ……」



 話しているうちに、徐々にメイとナスカの表情が強張っていく。



「ああ…。そういえば、事情を隠してキリハのことを育ててたから、キリハは中学までの勉強をここで済ませてたわね。」

「ついでに言うと、剣の方はディアから教わってたので、外に出てまで習う必要はありませんでした。」



「ということは、キリハの中で女の人っていうと、職員か畑のおばあちゃんか、子供たちしかいないってことよね…?」

「………」



 互いに顔を見合わせ、メイとナスカは言葉をなくす。



「盲点だったわ……」

「サーシャちゃん!! こうなったら、あなたしかいないわ! あの子に、恋愛ってものを教えてあげて!!」

「えええええっ!?」



 ナスカに懇願されながら両手を掴まれ、サーシャは今までの後悔なども忘れて叫んだ。



「このままじゃあの子、無駄に愛想ばかり振りまいて、そのうち刺されちゃうわー!!」

「そ、そんなこと言っても、私だってキリハのことが好きって今気づいたんですよ!? それに、誰かのこと好きになるなんて初めてで……」



「初恋が、よりよってあの子なの!? ごめんね、私たちのせいで苦労かけちゃうわぁ…。これは、あなたの傍に強力な助っ人が必要ね!」

「え…?」



 ナスカがふと別の方向へ顔を向けたので、サーシャも無意識にそれにならった。



「もう入っていいわよ。」



 ぴったりと閉じているドアに向かって、ナスカはそう言った。

 すると、その言葉を待ち構えていたかのようにドアが開く。



「カ……カレンちゃん!?」



 そこに立っていた人物が意外で、サーシャは目を丸くした。



「どうしてここが……」

「勘よ。もう、心配かけて……捜したんだからね。」



 大袈裟な口調で言いながら、カレンは手に持っていたものをサーシャに手渡した。

 それは、サーシャがターニャから渡されていた剣だ。



「ちゃんと持ってなきゃだめじゃない。逃げないんでしょ?」

「……うん。」



 サーシャは受け取った剣をぐっと握る。

 カレンはサーシャのその反応に満足げに頷き、次に意地悪そうに口角を上げた。



「それにしても~、いいこと聞いちゃったなぁ。」

「いいこと?」

「だって、キリハのこと好きなんでしょ?」



 にやにやと笑うカレン。



「もう面白すぎて、笑うの我慢するのつらかったんだから。」



 その発言は嘘ではないらしく、カレンの目尻にはうっすらと光るものがあった。



 真正面からの爆弾発言に、サーシャの顔は瞬く間に茹でだこ状態になっていく。

 まるで魚のように口をぱくぱくとさせるサーシャに、カレンはさらに言ってやる。



「ちなみに、あたしはなんとなく知ってた。」

「ええー!?」



「サーシャが分かりやすいのよ。まあ、気づかないキリハも鈍感だけど。さあさあ、この無自覚天然カップルを、あたしはどうすればいいのかしら?」



 カレンはおふざけ調子で声音を上げ、わざとらしく両手を頬に当てる。

 そこに面白半分でナスカが乗っかった。



「カレンちゃん、どうかこの二人を…っ。特に馬鹿丸出しのキリハを、せめて! せめて普通に!!」

「むむ、それは難題だわ! 作戦会議をしましょう!」



「ぜひ!!」

「もう、カレンちゃん!! ナスカさんまで……」



 頬を赤らめたまま叫ぶサーシャは、先ほどまでとは別の意味で涙目である。

 それを見たカレンとナスカは大声で笑う。



 からかっている部分が大きいだろうが、自分を元気づけてくれている。

 苦笑いで見守るメイと笑うカレンたちから、そのことは痛いほどに伝わってきた。



 ここに来てよかった。



 自分をさらけ出せたこと。

 なんだか前向きな気持ちになれたこと。



 そして、気づいてしまった小さな恋心。



 それらはサーシャの中に渦巻いていた後悔を押し流し、その部分を温かい気持ちで満たしてくれた。



「みんな、ありがとう。」



 サーシャははにかんで、謝罪の言葉ではなく感謝の言葉を伝える。



 これで、本当の意味で自分は自分自身と向き合えるかもしれない。

 そう思えたのに―――




 ドーンッ




 孤児院を襲う巨大な地震。

 立っていられなくなるような揺れに、サーシャたちは床に倒れてしまった。



「なっ……何!?」



 カレンが緊迫した様子で周囲を見回す。



 大きく揺れる照明。

 倒れる家具や落ちる小物。

 割れそうなくらいきしむ窓。

 それに加えて、外から聞こえる何かの破壊音。



 今までの地震とは、明らかに違っていた。



「………」



 揺れが収まり始めた頃、サーシャは意を決して立ち上がった。



 確かめなくてはならない。

 これがただの地震なのか、そうではないのか。



 おそるおそる窓に近寄り、カーテンを開く。





 そこには―――




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