第6章 焔乱舞

来てしまったその時



 ピピ――――ッ




 

「!?」



 なんの前触れもなく、会議室の中に鳴り響いた警告音。

 一旦会議室に集まっていたキリハとルカは、その警告音に身を強張らせた。



 今のは、緊急事態を示す警告音。

 先ほど大きな地震があった直後の出来事に、嫌でも全身が緊張する。



「何があったのです?」



 自動的に天井から下りてきたスクリーンに映し出された男性に、ターニャが険しい表情で問いかけた。



「き、緊急です!」



 告げる男性自身もかなり焦っているらしく、目線は右往左往とさまよっていて、かなり落ち着きがない。

 彼の様子が、今起こっていることの異常さを物語っていた。



「落ち着いて。まずは何があったのかを報告してください。」



 ターニャの緊急事態にも動じない静かな声で、男性の表情から少しだけ焦りが引いていく。

 彼女の徹底した冷静さは、こういう時に強力な支えとなるようだ。



「セレニア南部地方にて、震度五を超える地震を観測。その後、同地方に正体不明の生体反応を確認しました。」

「生体、反応…?」



 今までに聞いたことのない報告に、ターニャとフールが揃って眉をひそめた。

 男性はターニャたち以上に深刻そうな表情で口を開く。



「生体反応の大きさは、上空からの観測によると縦横におよそ十メートル。また、レイミヤ地区からの緊急信号を受け取っています。」

「レイミヤ!?」



 キリハは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 男性の報告は続く。



「至急、近場の観測部隊が偵察へ向かっていますが、おそらく……ドラゴンが、出現したのではないかと思われます。」

「……うそ…?」



 会議室の誰もが言葉を失う中、キリハは茫然と呟く。

 そんな馬鹿なと、現状を否定したい頭が訴えてくる。



 その時、会議室にまた別の電子音が響いてきた。



「カレン、どうした?」



 電子音の原因だった携帯電話を耳に当て、ルカが真剣に耳を傾ける。

 次の瞬間。



「はあ!?」



 彼の目が、零れんばかりに見開かれた。



「それ、本当なのか? ……馬鹿! 余計なことするなよ!? どうにかしてもらうから、変な気だけは起こすんじゃないぞ? サーシャにもちゃんと伝えとけ!」

「!!」



 ルカの言葉を聞き、キリハは少しだけ表情を明るくする。



「サーシャ、見つかったの?」



 携帯電話を切ったルカに訊ねる。



「ああ…」



 頷くルカ。

 しかしサーシャが見つかったにしては、彼の表情はあまりにも深刻そうだった。



「……おい、落ち着いて聞けよ。」



 そう前置き、ルカはキリハをまっすぐに見つめる。

 そしてこの後に告げられた言葉に、キリハの頭の中は真っ白になってしまった。





「今、あいつらはお前の家にいるそうだ。それで……今、目の前にドラゴンがいるって……」

「――――………」





 息を飲むターニャとフール。

 キリハは茫然と立ち尽くしていた。



(こんなに早く……)



 急激に、喉がからからに渇いていく。



 ドラゴンの目覚めまで、もう時間がないと話していたのは今朝の話。

 腹をくくったとはいえ、まだほむらの試練さえ受けていないというのに。

 それなのに、現実は残酷にも大きな壁を突きつけてくる。



 まるで、覚悟のほどを問うように。





「――― 行かないと。」





 展開が急すぎて、頭はまだ混乱している。

 だが怖いと思うよりも先に、そんな義務感じみた気持ちが脳裏を支配した。



 ドラゴンが出現したのはレイミヤだ。

 あそこには、絶対に守らなきゃいけない人々がいる。



「早く行かないと! ここで呆けてる場合じゃないでしょ!!」



 切羽詰ったキリハの声。

 それで、ターニャたちがハッと我に返った。



「至急、回線を全支部へ繋いでください!」

「はい!」



 ターニャの命令に、スクリーンの男性が頷いて機械を操作する。

 すると、スクリーンにいくつもの場所の映像と、この会議室にいるターニャの姿が映し出される。



 皆緊急事態を察していたようで、スクリーンに映る人々の顔は緊迫感に満ちていた。



「皆さん、すでに情報は回っていると思われますが、とうとうドラゴンの出現が確認されました。場所は、セレニア南部レイミヤ地方。現在、観測部隊が現場に急行しているところです。」



 さっきまで絶句していたターニャだったが、今皆の前に立つ彼女はその動揺を微塵も感じさせずに毅然きぜんとしていた。



「この日が来ることは、遥か昔から分かっていたこと。皆さん、模擬訓練どおりの対応をお願いいたします。大至急、ドラゴン殲滅部隊はヘリ・非常用地下高速道路にて現場へ急行してください。」



「はい!」



 ターニャの指示を受け、スクリーンの中の一つの画面に映っていたミゲルたちが慌しく動いて画面から消えていく。



「気象部は、引き続き現地の状況を解析。また、今現場へ急行している観測部隊を二つに分け、片方にはレイミヤの人々の避難指示に回るよう伝えてください。」



「分かりました。」



「情報部は、各警察・消防へ現状の通達。周辺住民の混乱を収めるよう努めてください。情報規制は無意味でしょうから、各地の統率に集中してください。その他の部署も、適宜訓練どおりの対応を。私とフールはこの会議室を本部として待機しますので、問題が起こったらすぐに知らせるようにしてください。」



 ターニャの矢継ぎ早の指示にも、彼らは混乱することなく了解の意を示して己の仕事に戻っていく。

 普段はあまり実感できないが、こういう時になると、ターニャの統率力の大きさがうかがい知れた。



「俺たちは、どうすればいい?」



 指示を終えて一息ついたターニャに、キリハは問いかける。



 もちろん、待機などという命令は聞くつもりはない。

 ターニャも、キリハとルカの表情からそれは分かっていたようだ。



「あなたたちも地下へ向かって、ドラゴン殲滅部隊と一緒にレイミヤへ急行してください。《焔乱舞》はありませんが、今はそれよりも、出現しているドラゴンをどうにかする方が先決です。」



 確かに、今はまだ手元にない《焔乱舞》のことを考えていても時間の無駄だ。

 今ある対ドラゴン用の武器と統率の取れた部隊の力があれば、きっとドラゴンを倒すことも不可能じゃない。



 向き合わなければ。



「………?」

「おい、どうした!」



 走りかけたはずが急に立ち止まったキリハに、ルカが急かすように呼びかける。



 ルカもカレンやサーシャが現場にいると知っている手前、焦っているのだろう。

 それは分かっている。



「……ごめん。すぐ追いつくから、先に行って。」



 額を押さるキリハは、どことなく青い顔をしていた。



 なんだろう。

 しっかり立っているはずなのに、地面がゆらゆらと揺れている感覚がする。

 まるで、船の上にでも立っている気分だ。



 視界にかすみがかかり、ぼんやりとした頭の奥から甲高い音が貫いてくる。



 こんな時に、立ち止まるわけにはいかないだろう。

 そう己の体を叱咤すると、その不快な感覚はすぐに収まっていった。



「……キリハ。もしかして、聞こえるの?」



 不快感の余韻を払うように頭を振るキリハに、フールがそう訊ねた。

 それにキリハが振り返ると、フールはぬいぐるみの顔にめいいっぱいの驚愕の表情を浮かべているように見えた。



「? 聞こえるって、何が?」



 体が動くようになったので、キリハは走る体勢のままフールに訊き返す。

 すると、フールは何やら神妙な面持ちで黙った後、静かに目を閉じた。



「いや。なんでもない。呼び止めてごめんね。行っていいよ。ただ……」

「ただ?」



「よく耳を傾けて。本当の言葉を聴くんだよ。」

「………? よく分からないけど、分かった。」



 いまいち言葉の真意を推し量れないが、今はそれを考える余裕もないので、そう答えておくことにした。



 猛ダッシュで走っていくキリハ。

 その後ろ姿をわざわざ廊下に出てまで見送っていたフールの表情は、ドラゴン出現とはまた別の意味で真剣そのものだった。





「キリハにも聞こえてたのかな……ほむらの声が。」




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