煮えたぎる怒り
今まで実感が湧かなかったが、ここはやはり国の中心で異世界なのだ。
それを、しみじみと思い知る。
ターニャもフールも、ミゲルたちも皆、正々堂々と胸を張って前を向く人たちだった。
だからなんとなく、どんな立場の人でも人間としての本質はそう変わらないのだと思っていた。
しかし自分は、人間の一面的な部分しか見えていなかったらしい。
宮殿本部を一歩出てしまえば、同じ宮殿関係者なのにここまで人間性が違う。
これまで宮殿本部以外に出向く理由もなかったので、特に意識はしたことがなかったが、実は宮殿本部の雰囲気の方が
すっかり忘れていた事実を、今改めて認識する。
ディアラントを潰せと言った総督部の人々の目は本気だった。
彼らは心底ディアラントの存在を
そこまでするくらい、ディアラントが邪魔なのだ。
でも、それは何故なのだろう。
どうしても
あそこまで才能にあふれていて、あそこまで人望が厚い人なのに。
愚直なくらいに自分に正直で、何に対しても前向きで、どんな困難も簡単に乗り越えてみせるような人なのに。
あんなに
そしてディアラントに対する人々の態度が両極端に分かれていることにも、きっと理由がある。
きっとそれは、どうしようもなく身勝手で理不尽な理由なのだろうけども。
「……ああ、もう!」
ベッドに寝転がっていたキリハは、勢いよく上半身を起こした。
「寝られない……」
うんざりと呟く。
あんなに不愉快な気分を味わったのは初めてだ。
おかげで、脳内が未だ消化できない不快感で活性化してしまい、目が冴えて眠るどころではなかった。
別の会議が終わって合流し、自分に起こった災難を知ったディアラントとミゲルからは、散々心配されて
他の皆からも、それぞれ同情的な視線を向けられた。
しかし皆から注がれる好意によって気持ちが
一人になり、こうして真っ暗な中で今日のことを思い返すほど、怒りと悔しさがふつふつと湧き上がってくる。
仕方あるまい。
今日はもう限界だ。
キリハは無言でベッドから降りると、普段は手に取りもしない鍵を引っ掴んだ。
部屋を出てきちんと鍵を閉め、足音をひそめつつ階段を駆け下りる。
シミュレート室が並ぶフロアに到着すると、階段から一番近いシミュレート室に飛び込んだ。
いくらムカついているとはいえ、さすがに物や人に当たるのはいただけない。
こういう時には、このシミュレート室の存在に感謝だ。
キリハはいつもどおりのメニューに設定を合わせ、手ごろな剣を掴んで実践場へと足を踏み入れた。
実践場の真ん中に立ち、目を閉じて呼吸を整える。
低いブザー音が聞こえ、照明が落ちる。
次に目を開いた時、自分は広い道場の真ん中に立っていた。
深く呼吸をし、周囲に隈なく注意を向ける。
そして視界の端に動くものを捉えた瞬間、キリハは素早く床を蹴っていた。
次々とランダムな場所に現れる、幻の人形たち。
それらをキリハは、常人からはかけ離れた速度と手さばきで斬り捨てていく。
こんな風に、感情的に剣を振るうなんて初めてかもしれない。
ルカと喧嘩腰で剣を交えた時だって、ここまで感情を乱してはいなかった。
それもこれも、あのジェラルドだとかいう奴があんなことを言ったせいだ。
竜使いなんて、と―――
ピンポイントでその言葉を思い出してしまい、途端に怒りが爆発して脳内に興奮剤をばらまいていく。
腐るほど聞いてきたこの言葉。
今までは、そこまで不快に感じたこともなかった。
周囲の人々はこれまでの慣習に
だが今日聞いたあの言葉は、そんな可愛げのある
その声に込められていたのは、明らかな悪意と侮蔑。
―――〝どうせ、竜使いに味方する人間などいないだろう?〟
暗に突きつけられた、もう一つの言葉。
ふざけるな。
全身全霊で心が叫んでいた。
竜使いに生まれたというだけで、卑怯な手段に出ないと人並みに生きていけないのだと。
そう決めつけられていることが、あまりにも不愉快だった。
彼らは、中央区と宮殿本部を本当の意味で見ていない。
たとえ
ディアラントやミゲルを筆頭としたドラゴン殲滅部隊の彼らは、竜使いである自分に純粋な好意を向けてくれている。
嘘のない態度で、きちんと自分という存在を認めてくれている。
レイミヤの人々だって、温かく自分を包んで育ててくれた。
ジェラルドが発したあの言葉は、竜使いだけではなく、そんな優しい人たちをも
それが、どうしても許せなかった。
たとえ少数派でも、そうやって正しくあろうとする人々はいる。
そんな人々を、まるで最初からいなかったかのように言うことなど認めない。
皆の努力と心を、否定させてたまるか。
だから―――
「くっそ!」
無我夢中で人形を斬りまくり、キリハはふと動きを止める。
額から頬にかけて流れる汗を拭い、大きく溜め息を吐き出した。
「ムカつくけど、恨みはしない。」
決意を込めて、言の葉を紡ぐ。
絶対に、彼らに屈しなどしない。
でも、あの吐き気を
どこまでも前を向いて、真正面からぶつかってやる。
自分を支えてくれている人々の誇りを守るためにも、自分が彼らと同じ場所まで堕ちぶれてはいけないのだ。
無意識に剣を握っていない左手が宙を滑り、首筋に触れる。
そこにあるはずのない感触を探し、何も掴めなかった左手は代わりに服の襟元を握った。
「……父さん、母さん。俺、間違ってないよね。」
今でも記憶の中に鮮やかに残っている両親の笑顔を思い浮かべて、一つ深呼吸。
すると、
「さて、もうひと汗かいたら寝るかなぁ。」
肩の調子を確かめるように剣を二度三度振り、軽く構える。
その時――― 実践場が、突然闇に包まれた。
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