これがお前の影響力
怒鳴り声の主は、後衛ラインの先頭で肩をいからせているミゲルだった。
「お前らも、何やってんだ!? キー坊が、あそこまでのもん見せつけてんだぞ。ちったぁ信じてみようとか思わねえのかよ!?」
「ミゲル……」
思わぬ展開に、流れていた涙も引っ込んでしまった。
きょとんとするキリハと驚く皆の視線を浴びながら、ミゲルは
「お前ら、なんでディアについてきて、この部隊にいるんだ? きちんとてめぇの目で見て、ディアについていきたいって思ったからじゃねぇのか!? 流されてんじゃねぇよ! ちゃんと自分の目で現実を見やがれ!! 言っとくけどな、おれはあのドラゴンたちが、キー坊や他の連中を襲ったとこなんて見たことねぇぞ!!」
「それについては、オレも同感だな。」
「!?」
新たに口を挟んできた人物に、今度は明らかなどよめきが生まれる。
熱くなっていたミゲルの言葉すら奪ったのは、なんとルカだったのだ。
「そっちのちっこい奴は、顔を出す度に髪を食ってきてじゃれついてくるし、でけえ方は眺めるだけでそれを止めもしねえ。完全にオレらで遊んでる。ぶっちゃけ、あいつらはオレらのことをなんとも思ってねぇぞ。」
「そ、そんなことないよ!」
次から次へと乱入してくる声の数々。
「ちっちゃい子は、私と一緒でとっても怖がりだよ。私が触った時、すっごく震えてたもん。」
「あーらら…。サーシャったら、自分で暴露しちゃった。これは、あたしも口添えしとくべき?」
顔を真っ赤にして叫ぶサーシャに、どこかおちゃらけた様子で口笛を吹くカレン。
「みんな……」
これは、夢なのだろうか。
そう疑わずにはいられない光景だった。
「……いやいや、参ったなぁ。キリハ、これがお前の影響力だよ。な? オレと張るだろ?」
皆の言葉が落ち着いたところで、とうとうディアラントが口を開いた。
「多分さっきのはオレにしか聞こえてないと思うから、一応確認させてくれ。そのドラゴンたちの言葉が分かるようになったってのは本当か?」
「!?」
わざわざ無線を通して伝わったディアラントの言葉に、その場にいた誰もが息を飲んだ。
「うん。」
キリハはしっかりと頷く。
「そのドラゴンたちが、オレたちに協力的だって断言できるか?」
「うん。」
「オレたちは一応、そいつらの仲間を殺してることになるけど?」
「それについては、感謝してるって言ってた。」
「感謝?」
軽く目を
「自分が自分じゃなくなっちゃうくらいなら、自分だって分かるうちに殺してほしいんだって。」
続けてキリハがそう言うと、彼はピクリと肩を震わせて息を飲む。
「―――自分だって分かるうちに、か……。確かに、我を失った自分以上に怖いもんはないな。」
どこか悟ったような口調で呟いたディアラントは、つめていた息を吐きながら肩を落とした。
「なあ、キリハ。オレ、そっちに行っても大丈夫かな?」
「へ?」
ふとそんなことを問われ、キリハは思わずレティシアたちの方を見つめた。
「何? さすがに、あの人間の言ってることまでは分からないわよ?」
「こっちに来てもいいか、だって。」
「はあ? そんなのに、いちいち許可が
意味が分からない。
間髪入れずに切り返してきたレティシアの声が、全力でそう語っている。
「……ふふ。確かに。」
思わず、笑いが込み上げてきてしまった。
「キリハ?」
急に笑ったキリハに、ディアラントが首を傾げる。
そんな彼に、キリハはレティシアの言葉をそのまま伝えることにした。
「そんなのに、いちいち許可が
「………」
そう言われたディアラントは、目を丸くして……
「なるほど。」
自分と同じように、くすりと笑った。
「んじゃ、遠慮なく。」
ディアラントは周囲に
「おお…。こんな間近で見ると、またすごいなぁ。」
恐怖の欠片も見せずにしげしげと観察してくるディアラントを、レティシアもまた観察するように見つめている。
ディアラントの視線がロイリアに移ると、ロイリアの方は怯えたように体をすくませてしまった。
「大丈夫。ディア兄ちゃんは、怖い人じゃないよ。」
「……ほんと?」
こちらの体を盾にするように首を引っ込めるロイリアに、キリハは柔らかい笑みで頷いた。
「うん。多分、俺やルカの次に仲良くなれると思うよ。ディア兄ちゃんなら多少飛びかかってもピンピンしてるし、たくさん遊んでくれるんじゃないかな。」
「そうなの?」
「うん。俺が保証する。」
「おいおい、何をどう保証するってー?」
会話の内容を察することができたらしく、ディアラントはキリハの頭を掴むと、ぐるぐると髪を掻き回した。
「まったく、お前は……。でもま、とりあえず―――」
キリハの頭から手を離し、ディアラントは一歩身を引いた。
そして。
「今回は、キリハを助けてくれてありがとうございました。」
そう、深々と頭を下げたのだ。
彼の行動が時を止める。
誰もが呆けて、ディアラントを見つめるだけ。
「………人間って、本当に馬鹿ね。」
長い沈黙の果てに、レティシアが吐息をつきながらそう告げた。
「言葉は分からなくても伝わるんだって……リュード様の言うとおりだわ。ちょっと悔しいわね。」
どこか諦観を滲ませた声音で呟いたレティシアは、ふと目を閉じた。
彼女はゆっくりと首を動かし、頭を下げるディアラントの足元に自身の鼻をつけた。
驚いたディアラントが目を見開くが、すぐに気持ちを立て直した彼は、そっとレティシアの頭に自分の手を置く。
するとレティシアはその手に軽く頭をすり寄せ、すぐにディアラントから離れていった。
「んー…。一応、認めてもらえたのかな?」
「本人は不承不承って感じだけどね。」
「何が不承不承よ。」
すぐさまレティシアに頭を小突かれてしまった。
そんな自分たちのやり取りから何かを得たのか、ディアラントは大仰に息を吐いて無線のスイッチを入れた。
「ってなわけで、どうします? ―――ジョー先輩?」
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