変わっても、変えたくない信念。

「―――嫌だ。」



 驚愕と戸惑いに流されて、一度リセットされた心。

 そこからあふれたのは、その一言だけ。



「やだ……俺は、それだけは変えたくない。」



 ふるふると首を振って、何度も否定する。



 いい変化も悪い変化も受け入れて、変わっていこう。

 なってしまった過去と現在は変えられないけれど、これからは変えられるから。



 その信念を胸に、何度も壁にぶち当たりながら、その壁を必死に乗り越えてきた。

 それは、なんのためだった?



 竜使いとかそうじゃないとか関係なく、自分が守りたいと思ったものを守りたいから。

 そして、ドラゴンも人間も関係なく、好きになった人たちと共に歩んでいくためだったじゃないか。



「ここに来て、嫌いな人がいっぱいできた。もしもあの人が本当に父さんたちを殺したんだとしたら、俺は一生、あの人を許すことなんてできない。でも……だからって、好きな人たちを巻き添えにしてまで、あの人たちに復讐したいとは思わない。それはもう……裁きじゃない。」



 そうだ。

 そうだった。



 暴走した炎の中。

 己の身をかえりみずに助けにきてくれたユアンを見て、自分は強くそう思った。

 だから《焔乱舞》を拒絶したんだ。



 大嫌いで憎い人か。

 大好きで守りたい人たちか。





 その二つを天秤に乗せた結果―――自分は、何かが変わっても変わらないこの信念を貫いて、守りたい人たちを選んだんだ。





「俺は……ルカを止めたい。」



 先ほどは否定したサーシャの言葉を、今度は自分から認める。



「ロイリアだって助けたいし、レクトとももう一回向き合いたい。シアノにだって、俺たち以外にも好きな人を作ってほしいんだ。大好きで守りたい人が多ければ多いだけ、周りが真っ暗闇だったとしても、光にしがみついて進めるはずだから。」



 その気持ちを音に乗せた瞬間、新たに見えた。



 自分がジョーを―――アルシードを大好きになった、本当の理由。



 自分は、家族を殺された彼が持つ闇だけに惹かれたんじゃない。



 闇から湧き出る復讐心に胸を焦がされながらも、守るべき人を全力で守ってきた彼があわせ持っている光に惹かれたんだ。



 もちろん、彼がしてきた選択の全てが正しいとは言えないだろう。



 それでも、自分は最低な人間だからとうそぶいて敵を叩きのめしてきた彼は、自分とルカのためにエリクを救ってみせた。



 自分たちと彼の間には、利益が約束された契約がないにもかかわらずだ。



 その姿は、自分にとって大きな救いだった。



 そんな彼に集まっていたたくさんの信頼と好意を見ていたら、《焔乱舞》を拒絶した自分の選択が正しいものだと実感できた。



 だから彼には傍にいてほしかったし、彼を絶対に失いたくなかった。



 暗闇のどん底にいる自分に光を見せてくれた彼が、なんの救いもなく消えてしまうなんて。

 お願いだから、そんな残酷な結末は見せないで。





 彼が進んできた道―――これから自分が進もうとする道の先には、希望があるんだって思わせてって。





 拒絶したはずの《焔乱舞》に願いを託してまで、切にそう祈ったんだよ……



「―――うん。それが、キリハの本当の気持ちなんだね?」



 目の端に涙をたたえて、サーシャがそう訊ねてくる。

 迷いなく、それに深く頷いた。



「よーし。私、頑張る! キリハの代わりに、やれるだけやってみるね。」



 両手で拳を作り、サーシャはやる気満々。

 それをありがたいと思う一方で、ちょっとばかり心配になってしまう。



「その……あんまり、無理しちゃだめだよ? 危ないこともしちゃだめだからね?」



「大丈夫! 私は、自分の身の丈はちゃんと分かってるつもり。だから、一人で抱え込んで暴走なんてことはしないよ。」



 おろおろとするキリハに、サーシャは明るく笑いかける。



「私は私にできるやり方で、キリハがやりたいことを応援するの。好きな人に笑ってもらうためには、私も笑ってもらえる努力をしなきゃいけないから。」



 月明かりに照らされてたたずむサーシャ。



 そういえば宮殿に来たばかりの時、バルコニーで月明かりを浴びていた彼女に、思わず見惚みとれてしまったことがあったっけ。



 あの時のサーシャは涙と共にうなだれていたけれど、今の彼女は笑顔を浮かべて力強く前を向いている。



 そのまぶしさに目がくらんで、今までとは違う胸の高鳴りが響いた気がした。


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