誰よりも大好きな、たった一人の男の子



(―――へ…?)





 頭が真っ白に染まる。

 怒りの赤も、憎しみの黒も、何もかもが白で塗り潰されてしまった。



「どう? びっくりしたら、ちょっとは余計な考えがどっかに飛んでいった?」

「………? ………!?」



 ムッとした様子のサーシャに問われたキリハは、パニックで目を右往左往。

 自分がされた行為だけは理解している頬が、真っ赤に色づいていた。



「よく聞いて。私は別に、あなたに国を救ってほしいなんて思ってない! あなたのことを、救国の騎士として見たこともない!!」



「………っ」



「私にとってあなたは、一人の男の子でしかないの! いつも明るくて太陽みたいで、ちょっとお馬鹿でドジなところが可愛くて、誰にでも愛されちゃうのに、無自覚で色んな人に優しく笑いかけちゃっては、私にヤキモチばかり焼かせる……―――誰よりも大好きな、たった一人の男の子なの!!」



 サーシャの全身全霊の想いが、心を大きく揺らす。



「はえ…? ええ…?」



 目をぱちくりとさせるキリハの口から、高く外れた声が零れる。



 さすがに、ここまではっきり言われたら、残念な頭をしている自分でも分かります。

 彼女が口にした〝大好き〟が、友人のそれじゃないことくらい。



「ええっと、待って…? なんでこんな話になったんだっけ…?」

「キリハが変に意固地になってるからでしょ!」



 戸惑うキリハの肩を、サーシャが強く揺さぶる。



「私はただ、キリハを支えたいだけ! キリハがどんな選択をしても、それを助けたいだけなの! だけど……あなた自身が暗い方ばっか見て、自分の中にある光から目を逸らしてるんじゃあ、いくら私が支えようとしたって意味がないでしょ!? その状態でした選択は、あなたの本当の選択じゃないんだから!!」



「―――っ!!」



 その指摘に、大きく目を見開くキリハ。

 サーシャはさらに続ける。



「さっきの言葉は、あなたに理想論を押しつけた言葉じゃない。あなたをずっと隣で見てきた私が感じた、あなた個人の純粋な気持ちなの! あなたが何も分からないって言うなら、私があなたの心を映す鏡になる!!」



 いつもの気弱な彼女はどこへ消えたのだろう。

 サーシャが初めて見せた押しの強さに、キリハは完全に気圧されてしまっていた。



「お父さんとお母さんが殺されたかもしれないってこと、本当にショックだったと思う。それが原因でほむらを暴走させちゃったことも、仕方ないと思う。でも、あの時のあなたは、まだ光を失っていなかったよ。」



 キリハの両手をぎゅっと握って。

 丸くなった瞳をまっすぐに見つめて。



 愛しい人を光で照らそうと、少女は必死になる。



「焔を拒絶したあなたは、本当に安心した顔をしてた。それが……色んな感情でがんじがらめになる前の、本当のあなたの心じゃないの?」



「―――っ!!」



 それは確かに、レイミヤで毎日のように噛み締めていた心。

 もう遠い昔のようにかすんでいたその気持ちが、サーシャの力を借りて舞い戻ってくる。



「あのね、キリハ。たとえあなたが、ルカ君みたいに周りが嫌いになったとしても、私はあなたの傍にいたい。あなたが選んだ道なら、どんな道だろうとついていきたいの。でもその前に、あなたの本当の気持ちを教えてほしい。」



 どんなあなたでも、私は受け止める。

 サーシャの微笑みが、そう訴えてくる。



「あなたは、弱い私にいつも言ってくれたよね? それって、おかしいことなのって。そんな当たり前のことに責任を感じちゃうなら、一緒に戦おうって。」



「あ…」



「これだけじゃないんだから。あなたは私に、これまでたくさんの光と勇気をくれたんだよ。」



 サーシャの手に、一層強い力がこもる。



「変わらないことが難しいなら、みんなで〝苦しい〟を〝楽しい〟に変えちゃえばいい。ここにいるみんなと創れる未来なら、きっと楽しいって。そう言ったあなたは、いつも〝これから〟を変えようとして前を向いてたよね? みんなを傷つけたくなくて、焔を拒絶することまでしたのに……あなたは本当に、その想いを変えてしまいたいの?」



 囁くような問いかけ。

 それが、夜の空気に溶けていく。





「―――嫌だ。」





 無意識のうちに、そう呟いていた。


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