初めてまともに話せた時
訓練の後、キリハがディアラントの弟子であることは、宮殿内を驚くべきスピードで広がっていった。
レイミヤに流風剣を使える人間がいることは、ディアラント本人の口から常々語られていることだったらしい。
あれ以降、話だけの存在であったディアラントの弟子を一目見ようと、キリハの元には多くの人々が訪ねてきていた。
まさかディアラントがここまでの有名人だったとは知らなかったので、キリハは周囲の食いつきように圧倒されるしかなく、流されるがままに彼らと言葉を交わし、時には手合せにも応じた。
当のディアラントはというと、現在は海外出張中とのことだ。
そのせいで余計にこちらへ人が流れてくるのだと気づいても、本人が国内にいないのだから文句の言いようもない。
キリハの毎日は、
その日も通りすがる人々に声をかけられながら、キリハは小走りで宮殿内を移動していた。
上着を羽織りながら走る急ぎ足のキリハの姿から、これから彼が外出することが察せられる。
だからかキリハを無理に呼び止める者はおらず、皆キリハを見送るように手を振るにとどまっていた。
キリハもそれに明るく手を振り返し、宮殿の入り口に向かう。
高い塀に囲まれた宮殿から市街地へ出るための門の前で、不機嫌そうに腕を組んでキリハを出迎える姿が一つ。
「随分と人気者になったもんだな。」
顔を見合わせるなりこれである。
「お前も、最低限の人脈の広げ方くらい覚えたら?」
ムッときたので言い返し、キリハは待ち構えていたルカと視線をぶつけ合う。
しばらくして。
「……ふん。」
どちらからでもなく視線を逸らし、二人は歩き始めた。
結局ルカとはいつもこうなってしまい、関係改善の糸口は見つかっていない。
一応こうしてルカの買い物につき合っているわけだが、これも命令だから仕方なくという認識が強いためか、互いの間に会話はなかった。
「……ねぇ、何買いにいくの?」
重苦しい空気に耐えかね、キリハは前を行くルカに声をかけた。
途端に邪険な目を向けられたので反射的に憎まれ口を叩きそうになったが、なんとかぐっとこらえる。
「剣の手入れ道具。」
ぶっきらぼうにだが、ルカは答えてくれた。
「お前は、自分で剣の手入れくらいしないのか?」
と、今度は逆に問われた。
「いや。俺は、週一のメンテナンスで満足してるから。」
首を横に振りながら、キリハはそう答えた。
この間配られた剣は、その貴重さから最低でも週に一回は専門家のメンテナンスが入る。
専門家が見てくれたものに手を出すのは気が引けて、キリハは自分から剣に何かを施すことはしていなかった。
「だろうな。……お前はそれでも、十分にやれるからいいんだ。」
前を向くルカの声が、急にトーンを落とす。
「オレは、自分で見て触ったものしか信じたくない。オレが使うものは、オレが一番知っていればいい。そうじゃなきゃ、納得できないんだ。なんにでも対応できるお前とは違ってな。」
ぐっと力がこもるルカの目には、劣等感や自嘲といったものがどす黒く渦巻いている。
しかしルカの後ろを歩くキリハには、その表情が見えるはずもない。
故にキリハは特に深く考えず、率直な感想を述べた。
「なんか、かっこいいね。」
「……は?」
ルカが顔をこちらに向ける。
こちらの言葉がよほど意外だったのか、いつも眉間に寄っているしわは消え失せ、純粋な驚愕の表情がそこに広がっていた。
「だって、職人って感じがしない? 俺はこだわりってものがいまいち分かんないから、そういうの、なんだか大人だなぁって思うんだよね。」
なんだかこういう顔をすると、少しばかり幼く見える。
ルカの反応と表情が面白かったこともあり、キリハは自然に笑ってそう返した。
そんなキリハの笑顔を正面から受けたルカは数秒固まり、慌てたように顔を前に戻す。
「お前といると、調子が狂う。」
「なんだよそれ~。」
初めてルカとまともに話せたような気がして、キリハはくすくすと笑い声をあげた。
ルカはもう、こちらを向こうとしない。
しかし、それが自分の動揺を隠すための行為だとは分かっていたので、今までのような不快感はなかった。
ルカはいくつかの店に入り、全ての店から必要最低限の時間で出てきた。
彼
それも仕方ないのかもしれない、とキリハは思う。
宮殿近くのこの辺りは、とにかく人通りが多い。
そして通りすがっていく人々の視線は、必ず一度はこちらに注がれるのである。
しかし、人々はすぐに視線を逸らして自分たちからそそくさと離れていく。
よくあるすれ違いざまの罵声も、ひそひそと話す声もない。
理由は明らかで、自分たちの腰から下がる剣と、竜騎士を示す薔薇のピアスの影響に他ならなかった。
神官直属の特殊部隊である竜騎士隊は、宮殿の中でも身分が高く
いくら竜使いを
「現金な奴らだ。」
忌々しく吐き捨てて次の店へ消えていくルカを、キリハは複雑な心境で見送るしかなかった。
ゆっくりと街を行き交う人々を眺めて、ふいに目を伏せる。
レイミヤとも、宮殿とも違う景色。
これが、この国の普通というものだ。
いくらレイミヤや宮殿が竜使いに寛容でも、それはあくまで少数派でしかない。
『キリハなら、未来を変えてくれるんじゃないかって。』
あの夜のフールの言葉が、脳裏をかすめる。
本当に、そんなことが自分にできるのだろうか。
目の前に広がっている〝普通〟という圧倒的な数の暴力に打ち勝つ
「………?」
物思いにふけていたキリハの目がとある一点を捉えたのは、そんな時のことだった。
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