キリハ、本気モード。

 三大会連続覇者であるディアラントが、唯一の愛弟子だと公言したキリハの圧勝劇。

 それは瞬く間にメディアを通して速報で伝わっていき、国民の関心を一手に集めることになった。



 初戦を終えたことでようやく得ることができた、キリハの対人戦闘に関する映像。

 それはすぐに編集され、各チャンネルは瞬時に特別番組に切り替わり、評論家による映像の解説が行われていたらしい。



 キリハの次の試合は、十一時四十五分から。

 その時間になって第一競技場の当日券を求めて殺到する人の数は、計り知れないという。



 国民にそんな興奮と混乱を巻き起こしているキリハ本人には、そんなことなどどうでもよかったのだが。



 キリハは初戦を快勝後、その後の試合を一つ漏らさず観察していた。

 何かを見定めるように、じっと。



 そして二回目の試合を終える頃には、胸中に渦巻いていた違和感は確信へと変わり、それは得も言われぬ不快感へと成長していた。



 そんな不快感を抱えたまま迎えた、三回目の試合。

 今日はこの二時間後にもう一試合が予定されていて、そこで勝てばBブロックの上位八人に入る。



 だがこの時の自分にはもう、試合の勝ち負けなどくだらないことだった。



 くだらない。

 本当にくだらない。





 だって――― どうせ勝敗など、戦う前から決まっているのだから。





 試合開始の合図とともに駆け出す国防軍の男性。

 その剣をさらりと半身で流しながら男性の背後に回り込み、キリハは遠慮なくその背に向かって剣を振り下ろした。



「!?」



 これまでの試合になかった動きだったので、かなり驚いたのだろう。

 相手の男性は顔を引きつらせながらも、なんとかキリハの剣を受け止めた。



 そんな男性に対し、キリハは無表情で素早く剣をひらめかせる。



 上下左右どこからでも。

 時には相手の視界からあっという間に消えてみせ、キリハは問答無用で攻め続けて相手を追い詰めていく。



 別に、自分が試合の主導権を握っていないと倒せないほど、今回の相手が手強いというわけではない。

 そろそろ観客も同じ戦い方に飽きただろうというサービス精神でもない。



 ただ単純に、ムカついていたのだ。



 その圧巻の乱舞に、会場は幻影に引き込まれるかのように意識を奪われていた。

 誰も一言も発せずに、ただただキリハの壮絶な姿を食い入るように見つめる。



 そんな中、とうとうキリハの剣を受けきれなくなった男性が、大きくバランスを崩して尻餅をついた。

 それでもキリハは剣を止めず、男性の鼻の先すれすれに剣を突きつける。





「ねぇ、お前――― 手抜きしてない?」





 少しでも動けば皮膚を切り裂く距離に突きつけられた剣と、冷たく冴えたすごみのあるキリハの視線。

 その双方にさらされた男性は、声にもならない悲鳴をあげる。



「お得意そうだった、右下方向からの切り上げはどうしたの? あんな分かりやすい振りの攻撃ばっかりでさ…。誰に何を吹き込まれてんのか知らないけど、手加減してあげないと俺が勝てないとでも思ってるわけ?」



 今年のエントリー数は千を超えている。

 その中でも、本選への出場を許されたのはたったの二百人。

 ここに立っている人間は、実に五倍もの倍率を勝ち抜けてきた猛者もさなのだ。



 それなのに――― この程度?



 最初に持った違和感はこれだった。

 そして戦いながら考えている内に、手を抜かれている可能性に気付いたのだ。



 それでこれまでずっと試合を集中して見てきたが、前の対戦相手も彼もそう。

 今までの戦い方と自分との戦い方では、天と地ほどの差があった。



「誰の指示か知らないけど、伝えておいてくれる? 手加減なんてされなくても、ちゃんと実力で勝ち上がっていく自信はあるからって。」



 言うことだけをさっさと伝え、キリハはすぐに男性から剣と視線を離した。

 それで強張っていた体から力が抜けたらしく、男性はへなへなと肩を落とす。



 背中に会場からの歓声を受けながら、キリハはぐっと眉根にしわを寄せていた。



 正直な話、この大会で勝とうが負けようがどうでもよかった。

 勝てたら勝てたで突き進むだけだし、負けた時はその時で、自分の実力の程度が分かるくらい。

 勝っても負けても、自分には損も得もない。



 だが上等だ。



 ここまでふざけた態度を取られたからには、意地でもディアラントとの決勝までは勝ち進んでやる。

 これからも懲りずに向こうが手加減してくるなら、こちらはそんな余裕を与えないほどに相手を翻弄してやろう。



 ディアラントの教えを受けている自分を相手に、悠長に手を抜いている余裕があると思ったら大間違いだ。



 キリハはぐっと両手を握り締める。

 これで火がついてしまい、なかば本気になってしまったキリハのことを、当然ながら次の対戦相手が止められるはずもなかった。


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