〝隊長〟としてのディアラント

 ディアラントが大会で負けたら、ミゲルたちも道連れに宮殿を追われる。



 不穏な響きを伴って空気に消えたその言葉に、キリハは思わず息を飲んだ。

 対するディアラントは、穏やかなまま先を続ける。



「別に、今さらな話じゃない。最初からその条件はくっついてた。オレに味方がつかないようにっていう、総督部の策略だったんじゃないか? オレが隊長に就任すると同時に、それまでのドラゴン部隊は解散になった。その上で連帯責任を吹っかけておけば、オレは宮殿で孤立するしかない。オレも最初は、勝負に勝つまでは一人でいいやって思ってた。」



 そこで困ったように微笑むディアラント。



「それなのに、オレがここの隊長に就任するって知った瞬間、すぐにアイロス先輩が異動願を出して、オレについてきてくれたんだ。」

「え? アイロスが最初だったの…?」



 なんだか意外だ。

 ディアラントが帰ってきてからというもの、アイロスはディアラントの自由さに翻弄されて喚いては、いつも青い顔で胃薬を飲んでいるのに。



「あはは。想像つかないだろー? あの時のアイロス先輩、めっちゃかっこよかったんだぜ?」

「う、うん…。なんか、ちょっと失礼な気もするけど……」



「それがアイロス先輩だ♪ アイロス先輩とは高校生の時からの仲だから、実を言うとミゲル先輩たちよりも付き合いが長いんだ。安定主義のアイロス先輩がオレに賭けて勝負に乗るなんて、今思い出しても信じられないけど……あの人に説教されて、色々と腹がくくれたよ。」



 きっとそれは、ディアラントにとって大事な思い出なのだろう。

 目を閉じて頬を緩めるディアラントは、とても嬉しそうな表情をしていた。



「で、その後に第二号、第三号の隊員として、ミゲル先輩とジョー先輩が来てくれたわけ。ドラゴンとの戦いをいられる部隊にいるってだけで最悪なのに、オレがしくじればエリート街道からもおさらば。そんな状況に自分から飛び込んででも、オレを信じて味方につくって言ってくれたんだ。ドラゴン部隊に集まってる人たちは、みんなそうだ。」



 そこまで語ったところで、ディアラントに漂う雰囲気がガラリと変わった。



「だからオレは負けられないし、隊長としての責務を果たし続けなくちゃいけない。部隊ってさ、隊長が部下をまとめてるわけじゃなくて、部下たちが隊長を支えてくれて成り立ってるもんなんだよな。みんながオレを、全力で支えてくれてる。だからオレも、誰よりもみんなの理解者でありたいって思ってる。どんな些細なことでも、見のがしたくはないんだ。」



 ディアラントの表情は真剣そのもの。



 そこにあるのは自分が知っている〝師匠〟としての姿ではなく、部隊の命運を一手に担う〝隊長〟としての威厳ある姿だった。



 ディアラントには、嘘をついてもすぐにばれる。



 見張りに立ってくれていたドラゴン殲滅部隊の人々と話していた時、そんな話を聞いたことを思い出した。



 皆ディアラントの人柄に惚れてこの部隊を志願したのだから、ちょっとくらいの無理なら押し通す心づもりだったという。

 しかし、誰かに少しでもいつもと違うところがあれば、ディアラントはすぐそれに気付いてしまうのだそうだ。

 心配させまいと気遣って隠しても、そんなことをしようものなら、ディアラントは逆に怒るらしい。



 体の不調だろうが心の不調だろうが、少しでもきついと思ったら素直に休めばいい。

 無理して隠したって、誰も救われることなどないのだから、と。



 最初こそ反発する人間もいたが、ディアラントにはどんな演技も通じないと知って、最終的には諦めたとのことだ。



『ディアへの一番の気遣いは、気遣わないで思い切り身を預けちまうことだな。本気であいつを信頼しているからこそ、自分を飾らないで、等身大のままあいつに背を預けるんだ。』



 その時話していた彼は、そう笑ってこの話を締めくくった。

 そして、ドラゴン殲滅部隊の皆は口を揃えて言う。



 ディアラントの下にいるのは、とても心地よいのだと。



 年下が隊長ということに、違和感や抵抗がなかったわけではない。

 しかしディアラントの元で過ごしている内に、年齢などというものは、所詮数字だけのものでしかないと思い知っていくのだそうだ。



 年齢や経験の差などちっぽけに思えるほど、気付いた頃にはディアラントという人間に引き込まれている。



 心の底からこの人に従いたいと。

 ごく自然に、そう思わせる力がディアラントにはある。



 とても自慢げに、彼らは面白いほど異口同音にそう語っていた。



 どんな些細なことでも見逃したくない隊長に、思いきってもたれかかることが一番の気遣いだと笑う部下たち。

 こんな風に皆の心が呼応して一つになっているからこそ、この部隊はここまで強く結束して、どこまでも前を向けるのだろう。



 それはまるで、小さな歯車が綺麗に噛み合って、大きな動力を生むよう。



「……そりゃ、危険視もされるよね。」



 気付けば、キリハは笑いながらそう言っていた。



「ん?」



 目を丸くするディアラントに、キリハは笑顔のまま口を開く。



「だってディア兄ちゃん、自分が普通にしてたって人を寄せつける性質たちだって分かってるくせに。それなのにそんな本気を出したら、みんなついていきたくなっちゃうよ。敵だったら、真っ先に潰したくなるタイプ。」



 思ったことをそのまま言うと、ディアラントがきょとんとしてまぶたをしばたたかせた。



「お前……その口で、よくそんなこと言えんな。お前だって、似たようなもんのくせに。」



 何故か、そんなことを言われてしまった。

 キリハはいやいやと手を振る。



「俺は、ディア兄ちゃんほどじゃないもん。」



「はっ、どうだか。これまで黙ってたけど、実はオレに教えを受けると、オレの人を引き寄せる効果もおまけで身につくっていう逸話があってだな。」



「やめてよ、それ。信憑性しんぴょうせい高すぎるから。」



 軽口を叩き合い、キリハはディアラントと一緒に大きな笑い声をあげた。



「……ったく。ようやく、いつものキリハっぽくなった。」

「心配かけたみたいだけど、ディア兄ちゃんのせいな部分もあるから謝らなーい。」

「お前に謝られたら、オレは陰でミゲル先輩に説教食らうわ。謝らせるんじゃねぇって。」



 ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回され、キリハはいつものように無邪気な笑顔を浮かべる。



 なんだかんだで、励ましに来てくれたんだろうな。

 頭に触れる手から伝わるディアラントの思いやりが、すっと胸に染み込んでくるようだった。



「謝らないけど、ちゃんとお礼は言う。ありがとう、ディア兄ちゃん。」



 素直な気持ちで告げると、ディアラントは何故かひどく驚いたような顔をした。



「――― ほんっと、オレの人生ってさ……」



 ふと、彼の口からそんな言葉が零れ落ちる―――


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