ノアVSディアラント

 普段のおふざけモードを取り下げたディアラントは、怖いほどに真剣な表情でノアと対峙する。



「断言しますよ。仮にオレが何人かをあなたに譲ったとしても、彼らはここ以上の力を、ルルアでは出さないと思います。」



 断言すると、片方の眉を上げたノアが〝何故そう思う?〟と態度で問うてくる。



「今ここにいる人たちは、この部隊を志願してきたわけじゃない。ここに来ることが危険だと分かっていて、それでも〝オレ〟を選んでここに来てくれたんです。それが分からないほどオレも馬鹿じゃないし、それを分かっていて、みんなの信頼を裏切るほど愚かでもないです。」



 自分の部隊のことは、自分が一番理解しているつもりだ。



 皆から寄せられている、絶対的な信頼。

 危険な戦いと賭けを知っていてなお、自分に背を預けてくれたその覚悟。



 それらの価値を、踏みにじることだけはしない。



「あなたも、それは分かっているんでしょう?」



 黙ったノアに畳み掛けるディアラント。



「オレの時もそうでしたけど、あなたは、最初から自分の素性を明かすことだけは絶対にしませんよね? 相手と対等な立場に立って、相手にも対等な立場に立ってもらって、それから人となりを吟味する。自分の方に引き込む時も、権力と待遇に訴えず、気持ち一本で相手と向き合ってきたでしょう? それが、あなたのやり方です。」



 ノアに引き留められて、なんだかんだとルルアには四ヶ月ほど滞在した。

 その中で、ノアの志向性はそれなりに熟知している。



 次なるディアラントの指摘にも、ノアは反論しなかった。

 ディアラントはさらに続ける。



「そんな回りくどいやり方をするあなたなら、分かるはずですよ。オレの部隊から誰かを引き抜いたところで、自分の役には立たないと。いつまでオレのことを試すんです?」



 来る者拒まず、去る者追わずの自分。

 価値を見出だした人間は、絶対にのがさないノア。



 他人に対する姿勢は反対だが、自分もノアも、その根幹に横たわる信念は同じ。



 その人のあり方を決めるのは、その人の心だけ。

 だから、相手に自分を押しつけるのではなく、相手に望まれる自分であるように。

 自分も相手も、本当の意味で信頼し合えるように。



 つまりは、そういうこと。



 その想いを知っているノアが、こんな直情的な物言いをするわけがないのだ。



 本気で自分から隊員を奪っていきたいなら、彼女はこうして自分に交渉を持ちかけない。

 面と向かって、一対一で隊員を落としにかかっただろう。





「―――本当に、面白くない奴だな。」





 ぽつりと、ノアが呟いた。



「ああもう!!」



 一瞬でまとう雰囲気を一変させたノアが、来客用のソファーへと身を投げる。



「ちょっとくらい狼狽うろたえて、私を失望させてくれてもいいじゃないか。諦めるに諦められんだろうが。」



 とうとう、彼女の口から本音が零れた。



「まさか、今日はそのためにずっと…?」

「そうだ。こう見えて、私はかなり往生際が悪いのだ。」



「いや、誰の目から見ても分かりますよ。」

「黙らんか。」



 ノアはねたように膨れっ面をする。



「とにかく、お前を諦められるように、徹底的にお前の落ち度を探そうとしたのだ。」

「その結果、見事に理想とは真逆の展開だったと。」

「認めるのはしゃくだが、そのとおりだ。」



 深々と吐息をつくノア。



「不測の事態を作ったつもりではあったが、さもそれが当然であるかのような人員配備と、隊員に無理のないスケジュール管理。こちらの話に付き合いつつも、機密事項は漏らさない器量のよさ。ちょっとやそっとじゃ打破できないセキュリティ。どれを取っても、文句のつけようがなくてな。少しばかり、お前が憎たらしいぞ。」



「……はい?」



 ノアの言葉の中に引っかかる単語を聞きとがめ、ディアラントは思わず席から立ち上がってしまった。



「ちょっと待ってください。セキュリティって……昨日の今日で、そんな犯罪すれすれレベルのとこまで手を出したんですか?」



「私としてはそのセキュリティを突破したかったが、ウルドがそれはやめろと言うから諦めた。」



「英断です。それだけはやっちゃいけません。後悔するのはあなたですよ。」



 ディアラントは冷や汗をかく。



「どういう意味だ?」



 ノアは、目だけをディアラントへと向けた。



「あー…その……」



 ディアラントは言いよどむ。



 果たして、これを正直に言っていいものかどうか。

 だが、下手に動揺してしまった手前、適当に流してごまかせる雰囲気でもない。



 しばらくうなっていたディアラントは、やがて観念したように肩を落とした。



「一応、あなたのためを思って先に言っておきますね? 別に隊員を自慢したいとか、そういうわけじゃないですからね?」



「?」



 何度も念を押すディアラントに、少しも話の輪郭を掴めていないノアは、やはり首をひねるだけだ。



 本当に、色々と手遅れになる前でよかった。



 ディアラントは眉間を押さえる。

 そして、執務室の奥にあるドアに向かって声を放った。





「……ジョー先輩、ミゲル先輩。出てきてくださいよ。どうせ、残業ついでに話は聞いてますよね?」




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