同じ種族の目線

 案の定という話だが、あれからフールとの関係はかんばしくない。



 会議で顔を合わせても絡んでこないフール。

 そして、それに違和感を持つわけでもなく、気まずげに顔を逸らすしかない自分。

 こういう時に切り込み隊長になりがちなのに、黙認するだけのルカ。



 三者三様の異変を受けて、カレンやサーシャ、ディアラントやミゲルが、それとなく話を聞きに来た。



 しかし、自分はそれを曖昧あいまいに受け流すしかない。

 フールやルカも、固く口を閉ざしているようだ。



 フールだけじゃなく、周りからの心配にも気まずくなってしまった結果、次のドラゴン討伐では、レティシアたちと後から合流することを選んだ。



 本当は最前線に立つべきなんだろうけど、ドラゴンも小さかったから問題あるまい。

 それに今は、ほんの少しでもいいから、周囲の目がないところに駆け込んでいたかった。



 ロイリアに乗って、レティシアと共に空を駆ける。

 


「あんた、レクトとつるんでるんだって? ユアンから聞いたわよ。」

「………っ!!」



 唐突にレティシアから問われて、びくりと体が震えた。



「……うん。」



 ユアンから聞いたと言われては言いのがれもできず、キリハはこくりと頷いた。



「ふーん、そう。あんたが通える距離ってことは、案外近場に根城を構えてるのね、あいつ。」



 レティシアはそうとだけ。

 ユアンとは違い、自分を止めてくることはしなかった。



 それを少し意外に思うと同時に、抑えきれない興味が心を満たす。



「レティシアは……レクトのこと、どう思ってるの?」



 思い切って訊いてみた。

 それに対するレティシアの答えは……



「え? 別に、なんとも?」



 これだけである。



 さすがにその答えは予期しておらず、キリハはパチパチとまぶたを叩くしかなかった。



「へ…? なんともって……」

「というか、私はレクトにどうこう思えるほど、あいつのことを知らないのよ。」



 昔を思い出す時によくするように、彼女は視線を遠くに据える。



「リュード様やレクトに比べたら、私はかなりの新参者だからね。そもそも、接点という接点がなかったの。レクトもレクトで、リュード様以外は同胞として認めないって感じで、自分の殻に閉じこもっているような奴だったし。まあそれを言ったら、ロイリアが生まれるまでの私も、周囲とは馴れ合わずに一人でふらふらしてたけどね。」



「そうなの…?」

「ええ。レクトと話すようになったのは……リュード様が、人間と触れ合うようになってからかしらね。」



「リュドルフリアが、人間と……」

「そう。」



 自分が何を聞きたいのかは、もう察しているのだろう。

 こちらが何かを問う前に、レティシアは自ら話を進めてくれた。



「人間との共存については、ドラゴンの中でも賛否両論でね。大抵の奴らはリュード様が言うならって人間を受け入れたけど、もちろんレクトみたいに全否定する奴もいた。そんで私は……どっちかっていうと、否定派だったのよね。」



 ここに来て知る、意外な事実。

 瞬く間に、胸の奥から不安があふれ出してくるようだった。



「それは……人間が嫌いってこと…?」

「あー、違う違う。」



 面倒な展開はけたいのか、レティシアはこちらの懸念を食いぎみに否定してきた。



「私は単純に、めんどくさいことがわずらわしかっただけ。ドラゴンともつるまない私が、人間とつるむわけないじゃない。別に人間が嫌いとかじゃなくて、興味がなかったのよ。」



「そっか……」



 興味がなかったと言われると複雑だが、彼女が人間を嫌っていなかったのは救いか。

 なんとも表現しがたい気持ちで、キリハは胸をなで下ろす。



「でも、眷竜けんりゅうとしてリュード様に近かったのは事実だからね。そんな私が否定派の領域にいるのが、レクトとしては嬉しかったんじゃない? 一緒にリュード様を説得してくれって、よくせがまれたもんよ。」



「レティシアは、その時になんて言ったの?」



「好きにさせろってだけ。」



 なるほど。

 バッサリとしたレティシアらしい返答だ。



「リュード様がどうしようと、リュード様の自由でしょ? それを強制して止める権利は、私たちにないわよ。『リュード様に構ってほしいなら、頭ごなしに否定するんじゃなくて、リュード様の意思を認めながら、今までとは別の関係性を模索したら? そんなやり方じゃ、余計に距離が開いちゃうわよ?』……って、あんまりにもしつこい時には、ちょっと説教もしたっけ。」



「そっか……」



「一応、私なりに最善のアドバイスをあげたつもりだったんだけどね…。まさかあんな戦争を起こしちゃうなんて、思いもよらなかったわよ。本当に、お子様ねぇ……」



 戦争という単語が引っかかって、キリハはレティシアの横顔を注視する。



 レティシアは、レクトが戦争の原因だったことを知っているのだ。

 それなのにこうもあっさりとした物言いなのは、本心なのか建前なのか。



 人間とは違って、豊かとは言えないドラゴンの表情。

 それでもアイスブルーの瞳には、無理をしてこちらに合わせている雰囲気はないように見えた。



(訊いてみても、いいかな……)



 レティシアなら、また違った意見をくれるかもしれない。



 固唾かたず嚥下えんげして、腹を決める。

 そして、根幹の話題に踏み込んだ。


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