ルカの提案

「俺だって、理想論だけでレクトを信じたいわけじゃないよ。」



 ぽつぽつと、キリハは複雑な胸中を語る。



「レクトが迷ってるってことは……その答えによっては、レクトがまたドラゴン大戦を起こすかもしれない。それなりに、そういう危機感は持ってるつもり。」



「それで、どう思ってるんだ?」



 ルカは静かに先を促してくれる。



「レクトの友達になりたいって気持ちに嘘はないけど……もう二度と、あんな戦争が起こらないようにしたい。だって、きっかけはレクトだったとしても、戦争をして相手を傷つけたのは人間も同じだもん。レクトを変えるチャンスをもらえたのが俺だけなら、俺が頑張らなきゃいけないでしょ。」



「………」



 ルカは、すぐに意見を述べてこなかった。

 口元に手を当てて、じっくりと吟味するように、しばし黙り込む。



「……お前にしては、珍しく論理的に説得力のある意見だな。」



 長い沈黙の後、ルカはそう告げた。

 そして次に、まっすぐにこちらを見てくる。



「じゃあ訊こう。そこまではっきりとした考えがあるのに、何が気になって、そんな不安そうな顔をしてるんだ? 今までのお前なら、批判なんて気にせずに突っ走るだろ?」



「それは……」



 思わず言いよどんでしまう。



 胸に湧き上がるのは、昨日の出来事に対する罪悪感。

 そしてそれは、ルカに筒抜けのようだった。



「当ててやろうか? 悪意はなかったとはいえ、ユアンを切り捨てるような態度を取ったのが申し訳ないんだろ?」



「………」



 図星なので、黙るしかない。

 そこからルカも思案げな表情で口を閉ざし、その場は時おり風が吹くだけの静寂に満たされた。





「……そんなに不安なら、オレもレクトに会ってみようか?」





 ルカからされた提案。

 一瞬何を言われたのか分からなくて、反応するまでに数秒はかかった。



「………えっ!?」



 地面に視線を落としていたキリハは、信じられない気持ちでルカを見つめる。

 当人のルカは、至って平常心だった。



「お前もユアンも、今は自分が信じたいものしか見えてねぇみたいだからな。間に第三者の目が入った方が、少しは冷静に話し合いができるだろ。」



「でも……いいの?」



 まさか、ルカがこんなことを言ってくるなんて。

 あんなに差別を嫌っている彼なら、レクトのことを全否定してもおかしくないと思っていたのに。



「複雑ではあるけどな。」



 そう呟いて、ルカは細く息を吐いた。



「今のオレには、いまいち判断がつかねぇ。レクトがドラゴン大戦を引き起こしたことか、それ以前にユアンとリュドルフリアが血を交わしたことか…。そのどっちに、オレたちがこんな目に遭うことになった原因があったのか。」



 それは、物事を多角的に俯瞰ふかんできるが故の悩みなのかもしれない。

 一概にレクトが悪いとは言わなかった彼は、自身で言うとおり複雑そうな雰囲気をかもしていた。



「だからオレは今のところ、レクト側にもユアン側にもつかない。そんなオレだからこそ、限りなく中立的な立場でレクトやユアンの話を聞けるだろ? その結果次第で、お前と一緒にユアンを説得するか、ユアンと一緒にお前を説得するかが変わるけどな。」



「ルカ…」



「それにこの件については、オレくらいしか巻き込める人間がいないんじゃねぇか? お前がレクトと話ができたのも、シアノっていう共通の繋がりがあったからだ。その条件を他に満たしているのは、オレと兄さんだけ。兄さんはドラゴンに耐性がないし、つい最近倒れたばっかだし、お前としては無理をさせたくないだろ?」



「うん。」



 エリクに無理をさせたくないのは絶対なので、キリハは即で頷いた。



「異論がないなら決まりだな。今度レクトの所に行く時には、オレにも声をかけろよ。」



 ある程度の方向性が固まって気が済んだのか、ルカが先にベンチから立ち上がった。

 去っていこうとするその背中に、キリハは慌てて声をかける。



「ルカ、ありがとう!」

「……別に。」



 ルカは、いつものように淡白な口調でそう言って、バルコニーを出ていった。



「……オレは、そこまでお人好しじゃねぇよ。」



 幾分いくぶんか顔色がよくなったキリハとは対照的に、ルカのすみれ色と赤の双眸には、切れるように鋭い光が宿っている。





「オレには、オレの目的があるだけだ。」





 その呟きは、キリハには届いていない―――


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