最後には、ちゃんと―――

 目の前に立つ彼を、かつての名前で呼んでやる。



「あの子たちも、びっくりするでしょうね。普段はお人形として馬鹿やってる奴が、本当はご先祖様だったなんて知ったら。」



 そう言うと、ユアンはびくりと肩を震わせた。

 顔色もさっと青くなる。



「そのこと、キリハには……」

「やあねぇ、言ってないわよ。言ったところで、信じるとも思えないし。」

「いや、あの子は信じるよ。絶対に。」



 フールとしての体を抜け出した彼は、赤い双眸を深刻そうに伏せる。



「あの子は、びっくりするくらいなんでも受け入れられる子だよ。で、基本的には無欲なくせに、ここぞという時は、呆れるくらいに諦めが悪くて貪欲だ。……想定外なんだよ。」



 大きく息を吐き出し、ユアンはさらさらと揺れる金色の髪を掻き上げる。



ほむらが気を許す子が現れれば、それが僕の絶対的な好機だとは思ってたけどね…。あんなに焔と馴染んでるくらいだから、根本的なところは僕と同じはずだけど……あの子と僕じゃ、掲げている指針が違いすぎる。これから、上手く動いてくれるかどうか……」



「それだけど…。あの剣って、相変わらず人間を拒んでるのよね。」



 ちょうどこちらが気になっていたことをユアンが口にしたので、レティシアはすかさず問うた。



「もちろん。今の焔は、キリハにしか扱えない。」



 答えは当然イエス。

 ならば、余計に頭が痛くなる。



「前代未聞ね。いくらなんでも馴染みすぎよ。私がちょっとコツを教えただけで、えらい精度で焔を使えるようになってたわよ。」



「しかも、一度はキリハの感情に、焔が完全に自分を委ねてるからね……」



 ユアンも自分と同じ思いのようだ。

 思案するように寄せられた眉が、彼の苦悩の程を物語っている。



 本来、《焔乱舞》が完璧に人間の思いどおりに動くことはない。

 それが成り立ったのは、《焔乱舞》を作った本人であるユアンが剣を握った時だけだった。



 ―――あの一件が起こるまでは。



「だから、キリハに血を与えたくなかったんだ。あの子はもう、僕の手に余る。この先何が起こるか、皆目検討もつかないんだよ。」



 途端に、ユアンが非難の目をこちらに向けてきた。



「何よ。あげちゃったもんは、取り返しつかないわよ。」



 この男も大概しつこいというか、なんというか。

 これ以上の無駄話はしたくないので、レティシアは話の方向を変えることにした。



「いい加減、切り替えなさいよ。たかだか、仕込むものが変わっただけじゃない。それに今は、そんな悠長に議論してる場合なの?」



 一気に声のトーンを下げる。





「今回の件、普通ならありえないって気付いてるんでしょ? 十中八九、が裏で動いてるわよ。」





 断定的に告げると、ユアンの顔が露骨にひきつった。

 それで彼も、自分と同じ結論に至っていると知る。



 離れた場所で同時に現れた、今回のドラゴンたち。



 もしリュドルフリアの封印がまだ健在なら、あんな変則的な出現などありえない。



 しかし、仮に彼の封印が完全に切れていたのだとしたら、今頃この国はもっと無法地帯になっていたはずだ。



 弱いながらも、まだリュドルフリアの封印の力は残っている。



 それなのに、封印の法則性に逆らってドラゴンが出現したということは、何者かが眠っていたドラゴンを無理に起こしたことになる。





 そんなことをする奴なんて、言うまでもなく明らかなのだが。





「分かってるよ。これはきっと、彼からの宣戦布告だろうね。」



「でしょうね。わざわざこんな時まで待つなんて、よっぽどあんたが嫌いなんでしょうよ。それか、逆に好きで好きでたまらないのかもね。」



「やめてよ。そんな病んだ好意は遠慮する。」



 苦笑いをするユアンだが、当然ながらその瞳は笑ってなどいなかった。





「でも、彼が僕にご執心なのは事実か…。焔も新しいご主人を決めたことだし、封印が完全に切れるまでのカウントダウンも始まった。―――最後にはちゃんと、僕が自分で決着をつけるさ。」





 ぐっと両の拳を握り締めるユアン。



 そう。

 彼の言うとおり。



 水面下で、戦いの火蓋は切って落とされた。

 必要な役者も状況も揃った。



 あとは、一つの結論へと行き着くだけなのだろう。



 ユアンの覚悟も、遠い昔から知っている。

 そこに一つだけ、憂いがあるとするならば……





「そのための駒になるあの子たちが不憫ね。」





 人間もドラゴンも等しく守ろうとしたキリハの笑顔がかすむ。



 キリハはきっと、最後に泣くことになるだろう。

 そして、一生引きずる傷を負わされるに違いない。



 他でもない、目の前にいるこの男の手によって。



「そうだね…。僕にとって、キリハたちは道具みたいなもんさ。実際に汚れるのは僕の手じゃないんだ。僕は結局、僕の尻拭いをキリハにさせることになるのかもね。でも……?」



 残酷なほどはっきりと、ユアンはそう言い切った。



「幸運にも、こうして都合のいいタイミングで、都合のいい駒が揃ったんだ。このチャンスをのがすつもりはない。何を踏み台にしても、僕は僕の決めたことをやる。それが、こんな姿になってまで生き続けている僕の役目だろうからさ。」



 何を言っても揺らがない瞳の輝きと、その決意。



「……これだから、あんたなんて嫌いなのよ。」



 彼は自分の汚さを偽らない。

 いつだって、自分にも他人にも、辛辣なほどに現実を叩きつける。



 愚直で孤高。

 今の彼は、まるで在りし日のリュドルフリアを生き映したかのようだ。



 レティシアはひっそりと息をつく。



 こんなユアンの姿を奴が見たら、きっと狂喜乱舞するのだろう。

 ここにいるのは、歪みに囚われた存在ばかりだ。



「……嫌い、か。君には昔から、そう言われてばかりだ。でも僕は、君のこともリュードのことも大好きだよ。もちろん、キリハたちのことだってね。だからこそ―――」



 ユアンはやはり、迷う素振りを見せなかった。





「だからこそ、ちゃんと終わらせる。」





 決して前向きではないその言葉は、不穏な空気の中に静かに溶けていくだけだった。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 【第4部】はこれで完結となります。

 ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。



【第5部】あらすじ



「えええええぇぇっ!?」



 声が聞こえたので空を見上げたら―――ドラゴンに乗った女の人がいました……



 遠いルルアからやってきたというノア。

 文化も価値観も違う彼女と話すひと時は、キリハに小さな好奇心を植えつける。



 キリハはまだ知らない。



 ノアが何者であるのか。

 そしてこの後、再会した彼女がどんな騒動を引き起こすかなんて……



「キリハ、どうだろうか。私の―――」



 ノアのとんでもない行動&爆弾発言に、キリハの頭は完全にパンク!!

 一体何が!?



 どうぞ、【第5部】もよろしくお願いいたします!


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