耐えられない

「―――っ!!」



 意識が悪夢から帰れば、現実では体が一種の興奮状態に陥っている頃。



 大丈夫、もう慣れた。

 呼吸が乱れる前に鎮静剤を打てば、昏倒するようなことにはならない。



 眠る前に用意しておいた鎮静剤入りの注射器を取り上げ、躊躇ためらいなく自身へと針を突き刺す。



 最後に、まともに医者にかかったのはいつだっけ?

 もう覚えていない。



 どんなに体調を崩したって、市販薬をちょっといじって調整すれば事足りた。

 自分の体に合う成分も合わない成分も分かっていたから、自分で対処する方が早いし楽だった。



「……はぁ。」



 使用済みの注射器をケースの中に戻しておき、溜め息を一つ。



 猛烈な勢いで襲ってくる睡魔。

 どうやら、睡眠薬が効いていないわけじゃないらしい。

 でも、効果がかんばしくないのは明らかだった。



 副作用で苦しむことを分かっていて、軽く半日は眠れるくらいに強力な効果にしたはず。

 レイミヤに来てから毎晩のようにその薬を服用しているのに、まともに眠れた試しがない。





 いつもいつも、あの悪夢に邪魔されて―――





「くそ……今さら、出てくるなよ。あいつは死んだ。死んだんだ…っ」



 呪詛じゅそのように、何度も自分に言い聞かせる。



 こうして生きていくと決めて、もう十五年。

 いや、そろそろ十六年になるか。



 闇に浸かりながら、生死がかかった危ない綱を何度も渡った。



 目も当てられない汚い世界を見つめて、修羅場をくぐり抜ける過程で敵を蹴散らして、表を好きなように操れる立ち位置も手に入れた。



 ここまでのぼり詰める間、あの亡霊は一度もよみがえらなかった。

 おかげでほぼ完成形になったこの計画は、今後一生崩れるはずじゃなかった。



 それなのに……あの人のせいで、あとは成熟するだけだった計画に大きな亀裂が走った。

 そして、それをきっかけに気付いてしまった。





 あの人が致命傷を与えてくる以前に、あれが致命傷になる綻びを作ったのは―――





「―――っ」



 苦しい。

 心臓が痛い。

 息ができなくて、頭がおかしくなりそうだ。



 どうして……



 エリクは人知れずに処理した。

 あれで満足して、彼のことは意識から追い出せた。

 トラウマに直結する要因は潰したはず。





 それなのにどうして、悪夢は今もこの身を襲うのか……





「く…っ」



 噛み締めた唇が切れる。

 口腔に広がる血の味が、肉体にも精神にも興奮剤をばらまいていく。





 ああ、もう―――





「―――っ」



 出口を求めた激情が、自分を突き動かす。



 衝動的に向かう先は、たった一つだった―――


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