第1章 温度差

厄介な事態

 初めてのドラゴン討伐から、早くも一ヶ月が過ぎた。



 現在までに確認されたドラゴンは三体。

 そのどれもが、神官ことターニャが指揮するドラゴン殲滅部隊と竜騎士隊により、無事に討伐されていた。



 月日は至って穏やかに、そして平和に流れていた。

 そんなある日。





「たっ……助けてーっ!!」





 宮殿の中を貫く一つの絶叫。

 慌ただしい足音を立てて会議室に飛び込んだキリハを、先に会議室に来ていた四人がそれぞれの表情で出迎えた。



「なんだ、朝から騒々しい。」



 ルカが、いつもと変わらないしかめっ面を向ける。



 どれだけの距離を全力疾走してきたのか、キリハは肩を上下させるほどに息を切らせていた。



「参った参った。ちょっと早く起きたから散歩に行ったら……マスコミが待ち構えててさ。あの人たち、わざわざ宮殿から離れた所で囲んでくるんだもん。逃げ切るのに苦労したのなんの……」



 キリハの肩の上では、目を回しているフールが。



「そりゃ朝から災難ね、二人とも。」



 苦笑するカレンとその隣に座っているサーシャからは、同情的な視線が送られる。



「ほんとだよ。」



 辟易した様子で答え、キリハは呼吸を整えながら額の汗を拭った。



 初めてドラゴンと対峙したあの夜に、空に舞い上がった炎の柱。



 中央区から遠く離れたレイミヤの地での出来事だったというのに、あの炎は多くの人々によって動画か写真に収められていた。

 翌日のマスコミの騒ぎようには驚かされたものだ。



 元々ドラゴン覚醒に関する話題は、マスコミ各社が密かに狙っていたようだ。

 待ちに待ったドラゴン出現の一報に嬉々として現場に向かったら、そこで見られたのは天を貫く炎だったのだ。

 さぞかし度肝を抜かれたことだろう。



 これにより、ドラゴンの封印の実在と共に竜血剣《焔乱舞》の存在が大きく報道され、ついでにこれまでの地震が、ドラゴン覚醒の予兆だったことも国民の知るところとなった。



 そして第二、第三のドラゴンを討伐していく内に、《焔乱舞》の使用者であるキリハの顔も知られてしまったわけだ。



「いんや~、なめてたね。キリハへの注目度が、こんなにも高いなんて……」

「単純に、ネタになればいいってだけだろ。」



 ふるふると首を振るフールに、ルカがにべもなく言い放つ。

 実際それが事実だと思うので、キリハは口を挟まず、呼吸を鎮めることに集中した。



〈ついにドラゴン現る〉

〈宮殿が秘密裏に保管していた救国の剣〉

〈ドラゴンすらひざまずく炎の剣。それを使いこなす若き天才剣士〉



 見出しのつけ方や話題の取り上げ方は様々だが、ドラゴンを確実に仕留める《焔乱舞》は非常に注目を集めていた。

 そして《焔乱舞》を扱う自分もまた、マスコミの標的にされているのが今の状況なのだった。



 宮殿が情報規制を解除したため、《焔乱舞》についてはあっという間に調べ尽くされた。



 そして厄介なことに、《焔乱舞》の特異な性質が明らかになるにつれて、《焔乱舞》に選ばれた竜使いである自分への関心も高まっていった。



「宮殿内が、記録機器の持ち込みが禁止でよかったですね。とはいえ、《焔乱舞》の調査をしたいという各大学や研究所からのアプローチや、キリハさんへの取材交渉の電話で、情報部はパンク寸前と聞いていますが。」



 ターニャが溜め息を吐き出す。



 なるほど。

 情報部に弾かれた連中が、宮殿から自分が出てくるのを手をこまねいて待っているというわけか。



「うえぇ…。おちおち外出もできないの?」

「ま、まあまあ! どうせすぐに収まるよ。」



 一応なだめてくれるフールだが、その表情は困り顔だ。



「だといいけど……」



 げんなりと肩を落とすキリハ。



「………」



 そんなキリハを見つめるルカの瞳は、やけに冷たかった。


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