気が重くなる状況

「よお、キー坊! おもしれぇことになってんな!」



 シミュレート室から出るなり、後ろから勢いよく髪の毛を掻き回された。

 それと同時に、目の前にぬっと携帯電話の画面が突きつけられる。



 そこにはウェブのニュース画面と、いつの間にか撮られていた《焔乱舞》を持つ自分の写真が載っている。

 もううんざりするくらい見た。



 キリハは大きく息を吐くと、携帯電話を相手に押し返す。



「やめてよ。俺は、面白くもなんともないんだからさ。」



 心の底から言うと、携帯電話の持ち主であるミゲルは面白おかしそうな顔のまま、にやにやと笑っていた。



「なんだよ、なんだよ。いきなり有名人になっちまって、戸惑ってるのかぁ?」



 つんつんと頬をつついてくるミゲルに、キリハは眉をしかめる。



 あくまでも他人事ということですか。

 当事者としては気苦労ばかりで、全く笑える状況ではないというのに。



 ミゲルは陽気な性格故に、こういう風におちょくられるのは当然の流れと承知している。

 それでも自分としては、今この話題でからかわれるのはいささか不愉快だった。



「当たり前じゃん。ちょっと前まで、人の顔見ればこそこそと逃げてた人たちが、急に寄ってたかって……」



「ほんっと、都合がいいですよね!」



 キリハの言葉を横取りするように、高く澄んだ声が割り込んでくる。

 その方向に目をやると、モップを抱えたまま仁王立ちをしているララがいた。



「うおっ! ララ嬢、いたのか!?」



 ミゲルがわざとらしく、その場から飛びのく動作をしてみせる。

 そんなミゲルに対して、ララは呆れたように息を吐いた。



「そりゃ、私の仕事場はここですもの。そ・れ・よ・り―――」



 途端にララはミゲルを横目で睨み、頬を可愛らしく膨らませた。



「前から言ってますけど、何なんですか、その呼び方!」

「ん~? いいじゃないの。おれやジョーも頭が上がらないってことで、敬意を込めてるんだぜ、ララ嬢。」

「ちょっと! 髪型が崩れる!!」



 後頭部で団子状にまとめられたララの黒髪にミゲルが指を突っ込むと、間髪入れずにララが非難めいた声をあげる。



「それにしても、キリハさんには気の毒としか言いようがないですね。今の今まで邪魔そうに接してたくせに、急に手のひらを返したようなこの扱い。いつぞやの誰かさんのようだと思いません? ねえ?」



「いやぁ、その……」



 上目づかいで訊ねてくるララからのがれるように、ミゲルが空笑いをして視線をあらに方向にやる。



「まだ引きずるか。」



 小声でぼやくミゲル。



 なんだかんだと仲のいい二人だ。

 ミゲルはララを見かける度にちょっかいを出すし、ララも口先では迷惑そうだが、実のところまんざらでもない様子。



 竜騎士隊やドラゴン殲滅部隊の中では、夫婦めおと漫才として定着しつつある光景である。



 大体いつも、ミゲルが話をごまかしてララをなだめにかかるのだが、今回も例外ではない様子。

 ミゲルが懲りずにララの頭をいじりながら笑った。



「まあまあ。今回は、キー坊だけが被害者ってわけじゃねぇぜ。聞いた話によると、ドラゴン部隊の何人かが、雑誌やら新聞の記者にキー坊について色々訊かれたらしいぞ。」



「まったく、俺は犯罪者かっての……」



 自分以外にも被害が飛び火していると知り、ますます気分が重くなる。



 つい数ヶ月くらい前までは田舎に住むただの一般人だったというのに、《焔乱舞》を手にしただけでこうも天地がひっくり返ることになろうとは。



「はあ…。ただでさえ、宮殿からそんなに離れられないのになぁ。」



 レイミヤに帰りたいと思いつつ、口ではそれとは反対の言葉を紡ぐ。



 ドラゴンが出現する時期は、予測ができない。

 予測の筋を立てるには、まだデータが足りないのだそうだ。



 そのため、ドラゴン討伐に必須である《焔乱舞》を持つ自分は、他の人々以上に行動に制限をかけられてしまっている。

 基本的に、休みの日であってもフィロア市から出られないのだ。



 まあ、その辺りの制限に関しては、納得しているので文句はない。

 だがまさか、宮殿の中からすらも満足に出られなくなってしまうなんて、想像だにしていなかった。



 今までは自分が動きたい時に動けていたからか、なかば軟禁状態というこの状況に、ストレスが溜まる一方なのだ。

 その鬱憤うっぷんをシミュレート訓練で晴らすも、得られた効果のむなしさったらない。



「つってもなぁ…。この辺なんざ、どこで誰が張り込んでるか分かったもんじゃねぇしな。一番の安全地帯が宮殿……ってのが、キー坊としてはつらいところか。今度、軽く手合せでもするか?」



「それ、すっごくありがたい。終業後に一本お願い。」



 ミゲルの申し出に頷き、キリハは再度溜め息をつく。



 マスコミがいそうにない場所といえば、心当たりは一ヶ所しかなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る