可愛い違和感

「………」



 その日、ディアラントは朝から違和感に無言で耐えていた。



 最初は〝ちょっとおかしいな〟と思っただけだった。

 しかし、この違和感は朝からべったりと自分に張りついていて、どこに行くにも何をするにもついてくるのだ。



「えーっと……何があった?」



 思いきって訊いてみる。

 すると。



「なんでもないもん。」



 その違和感のあるじは、小さくそう答えるだけだった。



「嘘つけ。」



 ディアラントは苦笑し、朝から自分にくっついているキリハの頭を軽く叩いた。



 今日のキリハは、朝の会議からずっとこんな調子だ。

 片時も自分から離れようとしない。

 今もこちらの制服の裾を掴み、しきりに周囲を気にしていた。



 何も語りたがらないキリハに少し困惑するディアラントだったが、キリハの厳戒態勢の理由はこの後すぐに知ることができた。



「あ、君ってもしかして……」



 前方から歩いてくる二人組がキリハに声をかける。

 その顔には見覚えがあった。



 間違いない。

 国防軍の人間だ。

 そして、そんな彼らを見たキリハの雰囲気が一瞬で豹変した。



 怒りすらもこもった険しい瞳。

 その視線に射すくめられた二人は親しげな態度を取ろうとしたまま、片手を顔辺りまで上げた体勢で固まる。



「俺はなんも知らない。ご飯にも行かない。手合せもしないから。」



 地を這うような低い声で言い、キリハはディアラントの背を押して彼らの横を通り過ぎる。

 そんなキリハの様子は、さながら毛を逆立てた猫のようだった。



「あー。なるほどな……」



 今のやり取りで、キリハの身に何が起こっていたのかは分かった。

 ディアラントは気まずげな笑みを浮かべて頬を掻く。



「いつからこんな感じだったんだ?」

「……ニュースで、俺のことがばれてから。」



 今度は素直に答えてくれた。



「ははは……」



 ディアラントは空笑いを零すしかない。



 自分が情報部やら大会本部やらに呼び出されて席を外しているのをいいことに、国防軍の連中はキリハにかなりちょっかいを出していたようだ。



 確かにキリハは、自分にとても近い人間の一人。

 自分のことが邪魔な国防軍やその上層部には、格好の獲物だろう。



 だからこそ、あえてキリハを出場者という立場でこの大会に巻き込んだのだが。



「オレの弱点とか、訊かれまくってる感じ?」

「うん。」



 キリハはこくりと頷く。



「手合せとかも申し込まれるのか?」

「申し込まれるけど、基本的に断ってる。……たまに喧嘩みたいになっちゃって、俺が相手を叩きのめしちゃうことはあるけど。」



「あっちゃー…。やっぱり、暴力的な方向にいく奴いる?」

「多少はね。」



 色々と聞いているうちに、どんどんキリハの機嫌が悪くなっていく。



 心の広さには定評のあるキリハが、ここまで機嫌を損ねるくらいだ。

 国防軍の奴らは、相当しつこい手段に出ているのだろう。



「結構、鬱憤うっぷんが溜まってる……よな?」

「………」



 それについてキリハは答えを寄越さなかったが、制服にしわができるまでに握り締められた手が全てを物語っていた。



 これは少し国防軍を牽制をしつつ、彼らの考えを誘導する必要があるかもしれない。



「よし。」



 ディアラントは一つ頷き、不思議そうに顔を上げたキリハの頭を大きく掻き回した。

 そして、こう提案する。



「キリハ、ちょっとオレと手合せでもしようか。」


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