知りたいのなら―――
ぽつりと呟いた瞬間、キリハは普段は見せない俊敏な動きで男性の脇を通り過ぎ、廊下を走り去っていく。
「え…?」
キリハの行く手を阻んでいた男性は、その動きを全く追えなかったことに驚き、間の抜けた声をあげて目をしばたたかせた。
「おい、待ちやがれ!!」
それに対して、熱が上がってしまっている数人は、すぐさまキリハを追って走り出す。
キリハは彼らの足音を意識しながら、彼らを追い放しすぎない程度にスピードを調整して走り続けた。
そして外廊下から中庭に出るとその真ん中で立ち止まり、手にしていた資料を地面に放り投げて、彼らが追いつくのを待つ。
「てめえ、逃がさねえぞ。」
「別に。逃げるつもりなんて最初からないよ。」
肩を上下させる彼らに冷たく言い放ったキリハは、腰に下がる二本の剣の内、対ドラゴン用の剣をするりと抜いた。
それを彼らに向かって一度構え、次に自然体で下ろす。
「ディア兄ちゃんの弱点、知りたいんでしょ? 今から五分間、俺が知ってる限りのディア兄ちゃんの動きをしてあげる。怪我しても文句言わないから、全員全力で向かってきなよ。知りたければ、自分で感覚を掴むのが一番じゃない?」
打ち合わせが始まるのが十五分後。
彼らの相手くらい、五分もあれば十分だ。
キリハの瞳に込められた
(遅いよ、みんな。)
感覚が研ぎ澄まされて、全ての動きが遅く見える視界。
その中で迫ってくる剣の軌跡を全て予測し終え、キリハは自分の右手を無言のまま
それから五分後。
とうとう、最後の一人が膝をつく。
体力をほとんど削られて力なく座り込む彼らの中心で、キリハは一人何事もなかったかのように
(ちょっと、大人げなかったかな……)
ガラにもなく熱くなってしまった自分の態度をちょっぴり反省しつつ、キリハは剣を
もちろん、誰にも怪我はさせていない。
自分で言うのもなんだが、熱くなっていた割に手加減は完璧にできていたと思う。
キリハはうずくまる彼らの間を進み、剣を交えている
そうして顔を上げると、外廊下に招いてもいないギャラリーが増えていることに気付いた。
また国防軍の連中だ。
彼らは中庭の状態を見て呆気に取られているようだったが、すぐにその中の何人かがこちらに話しかけたそうな視線を向けてくる。
これは、まっすぐ会議室に向かうことはできなさそうだ。
キリハは辟易とした息を吐き、次に大きく息を吸う。
そして。
「俺は、ディア兄ちゃんに関してなんも知らないからー!!」
その場の全員に向かって大声を張り上げると、くるりと外廊下に背を向けて逃げ出した。
打ち合わせまであと十分。
それまでに会議室に辿り着けて、なおかつ彼らに捕まらない迂回ルートを脳内で模索する。
(これ……大会が終わるまで、我慢しなきゃいけないの…?)
心の中だけで呟き、キリハはひどく落胆するのだった。
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