溝の深さ

 正常な知性を保ったドラゴンの出現。

 その詳細は、フールからターニャに伝えられた。



 今までに前例がないこと。

 そして何より、ドラゴンたちに抵抗する意思がないことを尊重し、一旦ドラゴンたちを保護することになった。



 しかしこれからのことに関しては、慎重な議論が必要になる。

 ターニャは少し強張った表情で、フールと同じようなことを口にした。



 ドラゴンたちは人々も寝静まった夜中にこっそりと、宮殿地下の巨大フィルターへと移された。

 不安げに鳴くドラゴンたちを見送りながら、キリハは胸が潰されるような不安に必死に耐えていた。



 最終的な処遇が決まるまでは、絶対にドラゴンたちを傷つけない。

 ターニャはそう言ったが、ドラゴンたちの安全が確保できない以上、いくらターニャの言葉とはいえ、彼らを引き渡すのは嫌だった。



 しかし、だからといってドラゴンを逃がそうとすれば、それこそわずかな希望も絶たれてしまうかもしれない。

 それに片方のドラゴンが手負いの状態では、逃がしたところで生き延びられるかどうか。



 結局、その時はターニャたちに従うしかなかった。

 そして翌朝、昨日の騒然とした空気を引きずったまま、緊急会議が行われた。



 参加者は宮殿代表のターニャとフール。

 ドラゴン殲滅部隊からはディアラント、ミゲル、ジョーの幹部三人。

 竜騎士隊からはキリハとルカの二人だ。



「さて…。皆さん、何故こんな少人数で集められたのか。もう分かっていますね。」

「………」



 ターニャの言葉に、その場の全員が無言で机を睨む。

 そんな皆の態度が、明らかすぎるほどに答えを示していた。



 キリハは唇を噛む。



 今からここで話し合われるのは、命の行く末。

 少しでも気を抜けば、途端に体が震え出してしまいそうになる。

 それくらいの緊張感と恐怖が全身を支配して、心臓の音が大きく響いていた。



 知らなかった。

 ドラゴンたちを生かすも殺すも、自分たち次第。

 それが、ここまで重たく心を圧迫するなんて。



「反感を買うのを承知で言います。」



 一番に口を開いたのはジョーだった。



「僕は、一刻も早くドラゴンを処分すべきだと思いますよ。」



 告げられたのは、残酷な言葉。



「ごめんね、キリハ君。でも、僕はこのままドラゴンを保護することには賛成できない。」



 顔を青くするキリハに、ジョーはそう前置いてから、ターニャとフールへ視線を滑らせた。



「いくら秘密裏に作業を行ったとはいえ、ドラゴンを保護した事実は隠せるものではありません。昨日ドラゴンが逃げたことは騒ぎになっていますし、昨日の討伐にほむらは使われていない。この状況で、ドラゴンの死体もないのに、討伐が完了したと言うのは無理があります。」



「そうですね…。ドラゴンを生きたまま保護したことは、公表せざるを得ないでしょう。」



 きっぱりと言いきったジョーに、ターニャも頷いて彼の意見を肯定した。

 ジョーは淡々と続ける。



「今の世間はただでさえ、ドラゴンへの恐怖と不安でざわついています。ここでいくら議論をしても、人々の多くはドラゴンの処分を求めるでしょう。ターニャ様としても、国民の強い希望を無下にはできないのではないですか?」



「そんな!! そんなの…っ」



 思わず立ち上がったものの、反論の言葉が見つからない。

 両手を握ったキリハは、もどかしそうに目元を歪めた。



「そんなの……やだよ。……せっかく、殺さなくても済むドラゴンと出会えたのに…っ」

「それは、今だけかもしれないよ。」



 ジョーの口調は揺らがない。



「ドラゴンたちがいつ暴れ出すかも分からないのに、そんな危険生物を国の中枢に置いておくなんて自殺行為だよ。焔が使えない以上、今回はドラゴンたちが大人しくしている内に手を打つべきだ。」



「なんで…? なんで、殺すことしか考えられないの!? 単純に怪我が治るまで面倒を見て、怪我が治ったら西側に返してあげればいいじゃん!」



「それこそ、僕は賛成できない。」

「なんでさ!?」



 キリハは思わず声を荒げてしまった。



 意味が分からない。

 手当てをして野生に返してやることなんて、他の動物には普通にやっているではないか。

 何故ドラゴンにそれをしてはいけないのだ。



 瞳に敵意すらたたえるキリハだったが、対するジョーの意見は、キリハとは全く異なる視点から出ているものだった。



「ドラゴンは、人間並みの知性を持っているといわれてるんでしょ。それなら故郷に返した後に、仲間を引き連れて襲ってくる危険性は十分にありえる。」

「なっ…」



 ジョーの懸念を聞いたキリハは一度息を飲み、すぐにカッとして机を叩いた。



「そんなに、あの子たちが信用できないっていうの!?」

「できない。」

「………っ」



 少しも迷わずにそう断言され、キリハはとうとう返す言葉を失ってしまった。



 人間とドラゴンの間に生まれてしまった溝は深い。



 フールの言葉が、胸に深く突き刺さる。

 現実は、あまりにも残酷だった。


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