状況推測

「フール様。仮にキリハ君が追加でドラゴンの血を摂取したとして……ドラゴンの血を何度も受け入れることに、何かしらのメリットでもあるんですか?」



 訊ねた瞬間―――



「………っ」



 フールの全身が大きく震えた。



 これは、ドラゴンの世界にしかない情報があると見た。

 こちらがすでにそれを見抜いていると察したのか、フールはしばらくして諦めたように肩を落とす。



「……感覚と意識の共有だ。」



 フールが告げたのは、面白い事実だった。



「へぇ…。感覚と意識の共有、ですか。」



「ああ。ただ、完全に対等な共有とは言いにくい。テレパシーのように声は互いに送れるけど、それ以外の感覚については、ドラゴンが人間の感覚にリンクするっていう、一方的なものだ。」



「一方的なもの…。なんの違いでしょうね。パッと思いつくのは、相手の血液量に対する自分の血液量の比率の差でしょうか?」



「さあね…。その辺りは実験なんてせずに、ユアンとリュドルフリアの判断で血のやり取りを禁じたから。」



 どことなく歯切れが悪いフール。

 それを視界の端では認めつつも、ジョーは新たに得た情報を取り入れて推測を重ねる。



「なるほど…。まあキリハ君なら、いつでもレティシアたちと話せるようになるならと、喜んで血を飲みそうですね。」



「いや……だからこそ、おかしいんだ。」



 最も妥当性のある仮説に辿り着いたところだったのだが、そこでフールが首を振った。



「おかしい?」

「そう。レティシアは、このことを知らないはずだ。」

「はい?」



 顔をしかめるジョーとオークス。

 そんな二人に、フールは訥々とつとつと自身の記憶を語る。



「レティシアは、人間との共存に肯定的じゃなかった。表立って否定はしなかったけど、自分の考えを示すように、人間の領域に近寄らない子だったんだ。だから彼女が人間に血を与えたことはなかったし、距離を置いていた分、人間とドラゴンの関係性については、他のドラゴンよりも情報にうとい。」



「うーん…? キリハ君の話を聞いている限りでは、レティシアはそれなりに人間のことを知っているようですが?」



「それはリュドルフリアやユアンが、レティシアのところに通ってはくだらない話をしまくっていたせいだよ。」



「では、その中で血の影響も聞いたのでは?」



「それはないと断言できる。」



「……そうですか。」



 ある程度フールの事情を知っているジョーは、そこについての言及をやめる。

 フールもそこに深入りはせず、話を本筋へと戻した。



「このことを知っているのはリュドルフリアとユアンをはじめ、ユアンの直系の三代目くらいまでがせいぜいだ。この情報は人間を混乱させるから……リュドルフリアの血を受け入れるのをやめると同時に、きっちりと隠蔽いんぺいしたはずだ。形に残るような資料もない。」



「では連動して、キリハがこの情報を知りえるはずがないと?」

「ああ。僕が話してないんだから、それは確実だ。」



「ですがそうなると、キリハ君が追加で血を飲む理由がなくなりますよ?」

「………」



「まあ僕も、キリハがレティシアの血を飲んだ可能性は低いと思うな。」



 フールが難しげに黙したところで、オークスが再び口を開いた。



「これが、一度ルカたちに協力を頼んで採取した血液データだ。これと照らし合わせてみると、キリハがレティシアの血を飲んだ時のドラゴミン上昇率が分かるわけだが……」



「今回の二度の上昇率とは全然違いますね。」



 オークスが言いたいことをすぐに悟り、ジョーは先手を打ってそう告げる。



 それを無言で肯定したオークスは、それぞれのデータを眺めながら、考え込むように口元を手で覆った。



「仮に、キリハが再びドラゴンの血を取り入れたと考えての推察だが……上昇率が変わった要因として考えられるのは―――」



「飲んだ血の量が以前よりも多かったか、飲んだのがそもそも―――レティシアの血じゃないか。」



「だね。レティシアの血を飲んだ時は、両手に溜まった量だったって話だから……概算としては、多くても一五〇ミリくらいか。これを基準に単純計算をするなら、キリハはここ一ヶ月半で、ペットボトル一本分以上はレティシアの血を飲んでいることになるよ? しかも昨日の結果が出る前には、一ヶ月半前の倍は飲んでる。」



「それは……現実的ではないですね。そこまでの量を飲むなんて、レティシアかキリハ君に明確な目的がないと……」



「仮にキリハがそんなことをしたなら、レティシアから僕に報告が上がってたはずだよ。そもそも、慎重派のレティシアがそんなことをするわけない。」



 この言葉には、フールが即で否を唱える。

 すると、オークスがさらに推測の方向性を変えた。



「そうなると、別のドラゴン説が濃厚だが……あの子に、そんな知り合いがいるわけなかろう? レティシアたちだって、最近までは地下フィルターにいたんだ。知り合いを紹介する機会も時間もない。」



「レティシアたちが空軍施設跡地に住処すみかを移した後の監視データは漏れなく見てますけど、他のドラゴンとの接触はゼロです。それに……」



 ジョーも腕を組んで考えにふける。



「仮に、キリハ君に血を与えたドラゴンが他にいたとして……その血を持つドラゴンは、レティシアよりもドラゴミン濃度が高い血を持っているか、レティシアより遥かに多くの血をキリハ君に与えたことになりますよね…。レティシアの血を摂取したと想定するよりも、状況証拠があやふやだ。この線はないですよ。」



 ジョーがそう結論づけると、オークスも深く頷いた。



「僕も同意する。やっぱり、レティシアの血が後から異変を起こしてると考えるのが筋かなぁ…。というわけで、ノア様に頼んで、ルルアにあるドラゴンの資料でも取り寄せてよ。」



「それは構いませんけど、どの分野からどれだけ取り寄せたものか…。まあ、上手いことやってみます。オークスさんは、キリハ君の経過観察を続けといてください。比較対象が欲しいでしょうから、ルカ君にも声をかけておきます。」



 願ってもない申し出だったのだろう。

 こちらからの提言に、オークスは「頼んだ。」と言って笑顔になった。



 キリハの身に悪影響が出ているわけではないので、今できる対策はこんなものか。

 とりあえず状況は把握したので、こちらもキリハの様子に注視しておくとしよう。



 オークスとの話をひと通り終えたジョーは、最後にフールへと視線を移した。





「フール様もそれでいい……フール様?」




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