オークスからの報告

 もはや魔窟と化しているオークスの研究室。



 誰も近寄りたがらないそこへ足を踏み入れた二人に見せられたのは、とある数値の推移を示したグラフだった。





「キリハ君の血液検査結果に、異常値…?」





 グラフと共に受けた簡潔な報告を繰り返し、ジョーは怪訝けげんそうに眉をひそめる。

 隣では、フールも要領を得ない雰囲気で首をひねっていた。



「何か、深刻な病気の可能性でも?」

「いやぁ? 今の時点では、なんとも。」



 オークスがいつもどおりの飄々ひょうひょうとした態度だったので、そこまで危機感はないのだろうと思っていたが、やはり今すぐにどうこうという問題ではないようだ。



 というか、そんな大層な病気が見つかったなら、この場にキリハ本人やディアラントも呼ばれていただろう。



「というのもね、異常値を示しているのは、現代医学ではなぁんも研究されてない成分なんだよ。」

「研究されていない……つまり、竜使い特有の成分だと?」

「ご明察。」



 にやりと口の端を吊り上げたオークスは、あらかじめ印刷しておいたらしい資料の山を机に置いた。



「かれこれ半年以上前から、キリハには僕の研究に協力してもらっててね。定期的に、生体サンプルを採取してたんだ。」



「うわ……なに一人で美味おいしい思いをしてるんですか。」



「おいおい、勝手にひがまんでくれ。別に隠していたわけじゃない。君が研究部を毛嫌いして寄りつかないから、知る機会がなかっただけじゃないか。」



「……で?」



 早く続きを聞かせろと、不機嫌な表情で圧力を放つジョー。

 それにやれやれと肩を落としながら、オークスは資料をめくった。



「色んな分析を試してて、たまたま見つけた成分なんだ。保管してた他の血液サンプルと比較してみたけど、一般人の血液に同じ成分は検出されなかった。」



「なるほど。だから竜使いに特異的な成分だろうと。」



「そう。今はテキトーに、ドラゴミンって呼んでるよ。―――で、このドラゴミンの数値が異常な上昇を示したんだ。」



「確かに、この上昇率は異常ですね。」



 ジョーはまじまじとグラフを見つめる。



 ドラゴミン観測が始まったのは、今から約九ヶ月前。

 ずっと一定の数値を保っていたドラゴミンが、一ヶ月半前に二倍ほどの急勾配で上昇している。



「うむ、そうなんだよ。すぐにキリハを呼んで問診もしたが、特にこれといった自覚症状はないようだった。じゃあ念のために経過観察を強化する程度でいいかと、血液検査を週一にしてもらったわけだ。……で、昨日の結果がこれだ。」



「これは……」



 新たに差し出された検査結果を受け取り、ジョーは険しくうめいた。

 その心境には同感なのか、オークスは一つ頷く。



「二度目の異常上昇だ。しかも、前よりもさらに上昇率が急勾配になっている。さすがにこれは、僕一人じゃお手上げってもんだ。」



「だから、私を呼んだと?」



「まあな。君なら、ノア様経由で何かしらの情報を取ってこれるだろう? フール様にもお声がけしたのは、ドラゴンに関する何かしらの知見があればと思った次第です。」



「そう…」



 うなるフールの隣で、ジョーがグラフから顔を上げる。



「いくつか質問です。他の数値に異変は?」

「うんや。特にないね。全部正常値だ。」



「食生活に変化は?」

「聞いた範囲では、それもない。一応宮殿のカフェテリアで扱っている食材も調べてみたが、時期によって産地の違いはあれど、大きく変わった仕入れはないね。」



「アレルギー検査は?」

「もちろんしたよ。何も引っかからなかったけど。」



「ふむ…。この推移を見る限りでは、ドラゴン討伐で浴びた返り血が蓄積されたって線も考えにくいですよね……」

「ないだろうね。それならもっと段階的に数値が上がるはずだし、今頃君たちも仲良く竜使いの仲間入りじゃないか。」



「確かに……」



 オークスの話を吟味しながら、ジョーは改めてグラフを睨む。



 自分もキリハの最近の様子を思い返してみたが、思い当たる外的要因はなし。



 ドラゴミンと連動して数値が変化した成分がないということは、他の成分の影響を受けてドラゴミンが上昇した可能性も低いということだ。



「それらを踏まえて考えるなら……レティシアの血が遅れてキリハ君の体内に影響を及ぼし始めたか、あるいはキリハ君が、追加でドラゴンの血を飲んだかの二択になりますかね。」



「うむ、僕も同じ意見だ。」



「うーん……」



 理論的にははっきりしているのだが、どうもこの仮説にしっくりとこない自分がいる。

 前者はともかく、後者の状況に至る道筋に推測を立てられないのだ。



 ここは、その道の専門家に話を聞くべきか。

 そう考えたジョーは、隣に目をやった。


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