乱入者
「とっつげきーっ!!」
「……へ?」
突然部屋中に響いた高い声に、気づけばキリハは数歩よろけてしまっていた。
緊迫した空気を、一切合切無視した声。
見事なまでに周囲の空気をぶち壊す、少しおふざけが入った独特の口調。
こんな天性の持ち主、一人しかないない。
「フール!?」
キリハが振り返ると、狙いすましたようなタイミングで、柔らかいぬいぐるみが顔面にぶつかってきた。
「わっ……」
「はーい。どうどう。」
フールはキリハの顔に張りついて、子供をなだめるようにキリハの頭を叩いた。
そして次に、ざわめいて顔を見合わせている男性たちに顔を向ける。
「やあ、久しぶりかな? 国防軍総督部のみんな。」
フールがにこやかに語りかけると、彼らは怯んだように息をつまらせた。
その中でただ一人、キリハと主に話をしていた中央の男性だけが表情を変えずに口を開く。
「これはフール様。このような場所に、どのようなご用でしょう?」
「ちょっとした都合で、会議の時間が早まっちゃってね。キリハを迎えに来たんだよー。」
互いに穏やかな口調。
それなのに二人の間には、触れれば切れてしまいそうなほどの緊張感が張り詰めていた。
「そうでしたか。しかし、困りますな。いくらフール様といえど、大事な話の最中に割り込んでこられては。」
「そっちこそ。引き抜きなら、もう少し穏便な方法を取るべきなんじゃないかな?」
それぞれが口を開くほど、室内に満ちる雰囲気がどんどん剣呑なものになっていく。
「おやおや、心外ですな。
何をいけしゃあしゃあと。
とっさに口を開きかけたキリハだが、それはフールの体に口を塞がれているせいで阻まれてしまう。
「そうかい? 僕には、脅迫してるようにしか聞こえなかったけど? そこにあるお金は、どう説明するつもり?」
フールは、キリハの足元に置かれているアタッシュケースを示す。
(あれ…?)
ここでようやく、キリハはフールの異変に気づいた。
いつもと変わらない声と口調。
いつもと変わらない態度と雰囲気。
だけど、今のフールは確実に……
(怒ってる……よね…?)
失礼かもしれないが、純粋に意外だった。
キリハが目をまたたく間にも、フールたちの会話は続く。
「それは、私たちのほんの気持ちですよ。それだけ、彼を高く買っているのです。」
「へえ~。それなのに、こんな犯罪まがいな交渉の仕方するんだ?」
「犯罪など、とんでもない。……しかし、どうしてもご不満なら、犯罪を立証してみますか? ……まあ、そのような可愛らしいお姿では、法の場では圧倒的に不利でしょうが。」
「なっ……」
「キリハ。静かに。」
またもやフールに言葉を遮られ、キリハは思わず抗議的にフールのことを睨んだ。
今の発言は、さすがに聞き流せない。
目でそう訴えたが、フールは穏やかな表情のまま静かに首を横に振るだけだった。
何故そんな顔ができるのだ。
真正面から
悔しげに唇を噛むキリハに、フールはそれでも柔らかな表情を崩さなかった。
「僕の証言が、
そこまで言うと、途端にフールがまとう雰囲気が一変する。
「ただ……――― 君たちは、僕がこの体でどうやって部屋に入ってきたと思うの?」
少年らしい高めの声が、落ち着いた青年の声へと変わる。
数多くの経験を積んできたかのように深みのある響きが空気を震わせて鼓膜を通り、圧倒的な力を持って脳内に染み込んでいく。
またこの声だ。
キリハが口をつぐみ、男性たちが不可解そうな顔をする中、フールはゆっくりとその顔を後ろへと向けた。
「証人は、もう一人いるんだよ?」
開かれた扉の先では、部屋の見張りをしていた男性たちが、それぞれに血の気の引いた表情で棒立ちになっている。
その向こうから、フールの言葉に応えるようにして一人の女性が現れた。
「タ、ターニャ様……」
キリハとフールの隣に並んだターニャの姿に、さしもの男性の顔にも動揺が現れた。
「国防軍総督部総司令長、ジェラルド・マルクトさん。」
ターニャが、澄んだ水のように凛とした声で男性の名を呼ぶ。
「今回の一件、キリハさんにその気がないなら不問にします。ただ、お話の中に何点か解せない点がありましたので、それだけ訂正しておきましょう。」
ジェラルドたちの言葉を待つことはなく、ターニャは淡々と言葉を紡ぐ。
「私は、レイミヤに手を出すことを許すつもりはありません。レイミヤは、我が国の経済を支える重要な農耕地です。先のドラゴン出現によるレイミヤへの被害が、どれだけ国家収益に影響したか。まさか、あなた方が知らないはずもないでしょう。」
「………」
「それに、あの孤児院も潰す気はありません。あの孤児院は、竜使いを優遇的に迎え入れることを私と約束しています。この国で唯一竜使いと前向きに共存しようとしている人々を追い詰めることなど、神官としても一人の人間としても容認しません。そのことを、よく覚えておいてください。」
一方的に結論だけを述べると、ターニャはキリハの背に触れた。
「会議までもう時間がありません。行きましょう。」
「え? ……あ、うん。」
すっかり毒気を抜かれてしまい、素直に頷いたキリハは、ターニャたちと共に悔しげな男性たちに背を向けた。
「皆さんの思っていることは、私なりに察しているつもりですよ。」
再び口を開き、ターニャは顔だけをジェラルドたちへと向ける。
「ですから、私の判断に不満があるなら、
毅然とした態度で、ターニャはジェラルドたちを見据える。
その目に込められていた何かに、キリハは少しの間
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