交わらない主張

「なんで……あんな連中の肩を持つ? 気に食わないとは思わないのか?」



 休みなしに双剣を繰り出しながら、ルカはキリハに訊ねた。



「いつも散々馬鹿にしておいて、こんな時だけ…。いや、竜騎士なんて立場があったって、あいつらが持つ感情は変わらない。竜使いだってだけで、オレたちが何をしていても奴らは気に食わないんだ。なのにどうして……オレたちが、あいつらのために戦わなきゃいけないんだ? あいつらは、オレたちのことを助けなかった。なのに…っ」



 キリハは黙って、ルカの剣を受け続ける。

 しかしその目だけはしっかりとルカの顔に向けられており、ルカの言葉に真剣に耳を傾けていることが分かった。



「オレは、あいつらのために動いてやる気なんかさらさらない。いつか絶対に見返して、オレたちを馬鹿にしたことを後悔させてやる。そうじゃないと、オレもみんなも報われない。だからオレは、ここにいるんだ!」



 悲痛な叫びと共に、ルカは勢いよく剣を突き出した。

 その剣がキリハの防御をすり抜け、二の腕をかする。



「……なんで、けなかった。」



 ルカは低く訊ねた。



 悔しいことこの上ないが、キリハなら今の攻撃くらい、簡単にいなしたはずだ。

 この少年の剣の腕前は、天の才をいただいているとしか思えないほど卓越したものなのだから。



 うつむくキリハの二の腕から鮮血があふれ、服の袖を赤く染めていく。

 だがキリハはそんなことは気にせずに、剣を下ろしてルカのことを間近から見つめた。



 そこにあったのはどこか悲しそうで、それでいてどこまでも純粋でまっすぐな眼差し。



「つらくない?」



 ぽつりと、それだけが口腔から漏れた。

 その問いに気を取られたルカの動きが、ピタリと止まる。



「そんなに無理矢理全部を敵に回して、肩に力入れて……つらくないの?」

「何、言って……」



「俺は、俺以外に竜使いがいない場所で暮らしてた。」

「!!」



 唐突なキリハの告白に、ルカが面食らったように目を見開く。



「でも、みんな優しかったよ。竜使いだって知ってても、俺を大事にしてくれた。竜使いを嫌う人はたくさんいるけど、そういう人だけじゃない。目を見れば、相手が自分を嫌ってるかそうじゃないかくらい分かるよ。」



「……随分と、生ぬるい環境にいたんだな。」

「そうかもしれない。でも―――」



 キリハは堂々と前を向く。



「俺は、自分の世界を閉ざして可能性を捨てたくない。そう生まれてしまったものは仕方ないんだ。竜使いとかそうじゃないとか関係なく、俺は俺が守りたいと思うものを守っていきたいだけだ。」



「黙れ!! お前は、何も知らないからそんなことが言えるんだっ!!」



 至近距離から、なんの前触れもなく襲ってきたルカの三連撃。

 それを、キリハは圧巻の速さでさばく。



 最後の一撃で、二人の剣が大きな音を立ててぶつかった。



「よく分かった。オレとお前には、分かり合う余地がないってことがな!」



 剣をぎ払い、ルカはその勢いを使って大きく飛びのいた。

 そのまま休むことなく、キリハに向かって突進する。





「もうやめて!!」





 甲高い声が響いたのはその時だ。



「!?」



 それぞれ互いの姿しか眼中になかったキリハとルカは、自分たちの直線状に飛び込んできた人影に息を飲んだ。



 まずい。

 キリハは唇を噛む。



 このままでは、ルカが勢いを落とし切る前に事故が起こる。

 彼女の前に出てルカの剣を弾くことは可能だが、弾いた剣の行く先までは制御できるか分からない。



 一秒にも満たない脳内のやり取りの末、キリハは思いきりそこから駆け出した。

 それと同時に、右手の剣を離す。



 剣という重りをなくした全力疾走のおかげで、自分とルカの間を阻むその背中が瞬く間に眼前に迫る。



 キリハは左手を伸ばすと、自分とルカの間に割り込んできていたカレンの腕を強く引いた。

 声もなくバランスを崩したカレンを抱いて、ルカの剣から逃れるために大きく跳躍しながら地面に転がる。



「くっ…」



 二の腕が地面とこすれて、激痛が走る。

 キリハは歯を食い縛り、カレンを地面との摩擦から守ることに徹した。



 ほんの数秒の出来事の後に訪れる静寂。



 ようやく停止したキリハのうなじに、背後から冷たい金属があてがわれた。



「ルカ!!」



 キリハの腕の中からカレンが金切り声をあげる。



 しかしルカは眉一つ動かさずに、冷やかな表情で言い放った。



「お前の剣は認める。でも甘すぎる。これが罠だったら、どうするつもりだ。」



 キリハのうなじに当てた剣にわずかに力を込め、ルカは次に双剣をその場に捨てた。

 興ざめしたと言わんばかりに鼻を鳴らし、くるりと背を向けて出口に向かって歩き出す。



「でも、一応礼は言っとく。お前のおかげで、余計な奴に怪我を負わせずに済んだ。」



 そうとだけ残し、ルカは今度こそ姿を消した。


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