憂いの理由

 信用ならないか。



 そう告げた後、気まずげな雰囲気で黙るエリク。

 それを見て、キリハは違和感に眉をひそめた。



 何か、誤解されていないだろうか。



 直感的にそう感じたので、キリハは溜め息混じりに口を開く。



「分かってるよ。そんなこと。」



 はっきりと言うと、案の定エリクは呆けたように目を丸くした。

 キリハは続ける。



「ルカの性格くらい、嫌ってくらい知ってるもん。あれが本心じゃないことくらい分かってる。心配しなくても、これくらいじゃルカを本気で嫌ったりしないよ。」



 エリクの悲しげな顔。



 いつもの彼らしくない。

 いつもなら、ルカのフォローをするために色んな言葉を連ねてくるはずなのに。



「そもそもルカのことなんだから、ルカが自分で責任を取るべきだとは思うんだけど……エリクさん、ルカのことで何人の人を、そんな悲しそうな顔で見送ったの? お生憎あいにく様。同じ竜騎士隊にいるんだし、少なくともその間は、意地でも食い下がってあげるよ。あのひねくれ者にさ。」



 ぺろりと舌を出して、キリハは悪戯いたずらっぽく笑ってやる。



 今のエリクには、ルカのために自分を引き留めようという意志がなかった。

 仮に今自分が〝ルカのことなんか、もう知らない〟とでも言ったら、エリクはあの悲しげな顔のまま、自分を見送るだけだっただろう。



 自分としては、そのことが少々不服だった。

 ルカを見限るつもりならば、エリクに呼ばれたからといって、こんな風に病院へ足を運んだりなどしない。



 エリクはキリハの言葉に、しばし目をしばたたかせていた。

 そしてある瞬間を境に、彼はものすごく嬉しそうに笑う。



「キリハ君は優しいね。ルカは幸せ者だよ。よし、分かった。ルカには僕から言っておくね。」



 呆けていたと思ったら、この変わり身の早さだ。

 想定外のエリクの申し出に、キリハは慌てて両手を振る。



「いやいや! 別に怒ってるわけじゃないんだよ! ただ……」



「ただ?」

「ただ……」



 訊ねられ、キリハは眉を下げる。



「ただ、それを否定できない自分が嫌なだけ。だってさ、ほむらは俺にしか使えないんだよ? それなのに、唯一焔にさわれる俺が、焔のことを認めてあげられないんだもん……」



 世間は《焔乱舞》のことを好き勝手にはやし立てているが、《焔乱舞》がどんな代物なのかを実感して知っているのは自分だけ。



 それなのに、《焔乱舞》のことを一番知っているはずの自分が、《焔乱舞》の存在を肯定できないのだ。

 こんな情けない話があるだろうか。



「そっか……そうだね。戸惑っちゃうよね。周りの見る目が変わって、それについていけなくて、何がだめだったのかを必死に考えて、結局何が正しいのかも分からなくなる。そんなところかな?」



 反論の余地もない。

 キリハは沈んだ表情のまま頷く。



 毎週のようにこちらの話を聞いていただけあって、エリクの指摘には寸分の違いもなかった。



 もう、分からない……



 光のこもらない瞳で、ぼうっと机を見つめるキリハ。



 寝不足や食欲不振の影響も相まってか、身も心もすっかり疲れていた。

 加えて、この場なら誰にも見られないという事実が、気丈に振る舞おうとする心を邪魔してくる。

 大丈夫だと言えるほどの気力も残っていない。



 きっと、今の自分はこれまでで一番ひどい顔をしているだろう。



 こんなことでは、エリクに迷惑をかけるだけだというのに……



「キリハ君……」



 囁くような呼び声と共に、向かいで椅子が引かれる音がする。



 さすがに呆れられてしまっただろうか。

 そう思っていると、机を見つめる視界の端に彼がまとう白衣の生地が映り込んできた。


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