シアノを育てた〝父さん〟

 さて、パーティーが始まるまであと十五分ばかり。

 招待された人々のほとんどが集まった頃だと思うのだが、重要な人物がまだ姿を現さない。



「ねぇ、アルは? まさか、欠席じゃないよね?」



 ある意味、彼は最重要人物。

 彼がパーティーに来ないとなったら、思いっきりへそを曲げる人物が二人ほどいるんですけど……



「ああ……アルはぁ……」

「そういえば僕が宮殿を出る時、情報部の人たちに強制連行されていくのは見たなぁ……」



 困ったディアラントの代わりに、エリクがキリハの質問に答えた。



「ああ…。ってことは、未だに取材交渉や在籍権利の問題を引きずられてるんだね……」



 エリクの一言で、事情は察した。



「まあ、もうじきルルアに行っちゃう時期だから、駆け込む人たちが多いんだろうね。」

「でも、そろそろこっちに来ないと―――」



 おろおろとしたキリハがそう言った瞬間。



「どうにか切り上げてきたっての……」



 心底疲れた声が、人垣の後ろから聞こえてきた。



「アル!!」



 人垣を掻き分けて姿を現したジョーに、キリハがほっと胸をなで下ろす。

 しかし、この場にはキリハ以上に彼の登場を喜ぶ人物がいた。





「父さーん♪」





 そう言ってジョーに飛びついたのは、これまで物静かに話を聞き流すだけだったシアノである。



「おおっと…。久しぶりだね。元気にやってる?」

「どうせ、ぼくの活動は追ってくれてるでしょー? もう、すっごく寂しかったんだから!」



「寂しかったって…。僕がルルアにいる時は、ほぼ毎日遊びに来てるじゃない。」

「いっそのこと、一緒に住んじゃだめ? テレビでもアルシードが父さんだって公言した後だし。」



「そうねー。同居人がオッケー出せば、いいんじゃないかな?」

「絶対に笑ってオッケー出すと思うけど。」



「複雑なことに、僕もそう思うよ。」



 ジョーと話すシアノは、キラキラと表情を輝かせている。



 ワイルドが売りの芸能人オーラはどこへやら。

 純粋無垢な幼子おさなごに戻ったよう。



 よかった。

 これで、少なくとも一人はへそを曲げずに済んだ。



 アルシードと一緒にセレニア観光っていうのも、たまにはいいんじゃないか、と。

 そういう切り口でシアノを連れ出した経緯がある手前、キリハは本気で安心する。



 そんなキリハの肩に……



「おい、どういうことだ?」



 ルカが手を置いた。

 その後ろにはミゲル、ディアラントと、父親たちが驚き半分、焦り半分といった複雑な表情で続いている。



「あいつが父親って、何があった? 明らかにアウトだろ。」

「間違いなく、教育を任せちゃアカン奴ナンバーワンだぞ?」

「闇の英才教育にしかならないって!」



 ずいずいと詰め寄ってくる父親三人衆は、割と真面目にシアノの将来を心配しているようだ。



「ふえぇーん、そんなこと言ったってぇ……」



 キリハはキリハで参った顔。



「シアノってほら、こっちにいる時はルカが一番好きだったように、こう……変にひねくれた人っていうか、自分と一緒で他人は基本的に敵だって考える人に惹かれるじゃない…?」



「あ、ああ……」



 最初の説明だけで、ルカたちの表情がぎこちなく固まる。

 おそらくはもう深く語る必要はないと思われたが、一応キリハは続きの説明を。



「で、ほら……ルルアに行ってから、シアノの近くにいたそういう人ってぇ……」

「定期的に出張に行ってたアルだけだなぁ……」



「でしょー? アルもアルで、同じ裏切られ仲間のシアノが可愛かったみたいで……」

「それで、闇の英才教育が始まったと…?」



「いや、俺もね? こうなるなんて思ってなかったの。あそこまで二人が仲良くなってたなんて、シアノがアルを〝父さん〟って呼び始めてから、ようやく知ったくらいで……」



 いや、本当に自分も知らなかったんです。



 確かによくジョーのところに遊びに行くなとは思っていたけど、それに関してシアノは〝勉強を教えてもらってるだけ〟って言ってたし。



「それだよ。なんで、よりによって父さんなんだ?」

「兄さんもどうかとは思うが、年齢差的には兄さんだよな?」

「他にも先生とか師匠とか、もっとマシな呼び名があったでしょ?」



「うーんと……」



 次々に飛んでくる質問に、答えるキリハもたじたじだ。



「本人いわく、ちょうどアルシード・レインの名前がバカ売れしてるし、今後の活動に利用しない手はないから、アルの了承を取ってそう呼ばせてもらってるだけって話なんだけどぉ……」



 ちらり、と。

 シアノとジョーを一瞥いちべつするキリハ。



 生き生きとしてジョーに話を聞いてもらうシアノ。

 その表情もさることながら、彼の片手はジョーのジャケットを握って離さない。



「本当は、ただ単純にそう呼びたくてたまらなかったんだろうなぁ…。今じゃ、仕事でも家でも父さん呼びだもん。ずっと我慢してたんだねぇ……」



「いや、だからアカンって!」



 このままシアノがジョーを父と尊敬した結果、第二の悪魔になってしまったらどうする。

 恨みを買いまくり、喧嘩上等の人生なんて、波乱でしかないじゃないか。



 それぞれに子供がいるルカたちは、あくまでも親心からシアノを止めたがる。



 皆さんのお気持ちもごもっとも。

 自分も、孤児院にいる子たちがジョーみたいになりたいと言ってきたら、複雑になりますよ。



 だけど……



「あれ、引き返せると思う?」



 キリハは全てを悟った表情で、シアノとジョーを指差した。



「そういや、父さん聞いてよー。」

「んー?」



「父さんが気をつけろって言ってた、あのくそアイドル。マジでホテルに連行しようとしてきたんだけど。」

「あー、やっぱりー? シアノがきな臭いって言うから僕も調べたけど、結構裏でヤンチャしてるみたいだねー。」



「あれは手慣れてるよ。ごく自然な流れでマネージャーを引き剥がした手腕だけは認めるけどさ。」

「で? 結局どうしたの?」



「父さん特製のお香型睡眠薬で落として、レストランに置いてきた。」

「それだけ?」



「んなわけないじゃん。ちゃんと会話は録音しといて、この音源を爆散されたくなければ、仕事以上には踏み込んでくるなって釘刺しといた。」

「うん、バッチリ★」



「これでも食い物にしてこようとするなら、社会的に抹殺するしかないね。これだけの証拠があれば、SNSが炎上するくらいでは済まないっしょ。」

「おおー、よく集めたねぇ。情報の扱い方が本当に上手くなって。」



「父さんの言うことに、まず間違いはないからねー♪ 世の中、善意だけじゃ生きていけないよ。やられたらやり返してなんぼってやつ。」



 毒々しい会話の最後に、うんうんと頷き合う二人。



「あ、だめだ。」

「教育完了してるわ。」



 そうなんです。

 引き返すには、もう遅すぎるのです。



 とはいえ、シアノがこうして楽しそうに日々を過ごしているなら、その方がいいのか。

 ジョーなら、きちんと表での身の振り方と自分の守り方も教えているだろうし。



 最終的には、何も言えなくなる父親一同であった。


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