知恵VS知恵 闇と闇とのぶつかり合い

 レクトとの交渉を済ませたルカは、帰り路につくために地下高速道路に停めてある車へと向かう。



「やっぱりな。来てると思ったぜ。」



 予想どおりのお出迎えに、挑むような笑顔を一つ。



「………」



 車に寄りかかっていたジョーは、何も答えなかった。



 そこに、いつもの笑みはない。

 人形のような無表情が、ただこちらを見つめている。





 しかし、その瑠璃色の双眸に宿るのは―――強烈な憎悪とも受け取れる敵意。





 これは、発信機だけではなく盗聴器も仕込まれていたか。

 それを察しつつ、ルカはわざとらしく肩をすくめてみせた。



「何も言わずに、そんな顔を見せてくるってことは……オレの推測は大当たりか?」

「それを知って、なんの意味があるの?」



 極寒零度を思わせる冷たい声。

 普段の温厚な彼からは、とても想像がつかないものだった。



 目の前に開くのは、奈落への片道路線。

 しかしこちらとしては、そこに踏み込む気は皆無なので……



「確かに、意味はねぇな。前も言ったが、別に深く突っ込むつもりはない。お前がオレとおんなじ、復讐を心に決めた奴だっていう事実だけでいい。」



「そう……」



 ジョーはそう呟くだけ。

 はっきりと〝復讐〟という単語を突きつけてみたのだが、それを否定しなかった。



 まあ、当たり前か。

 こんな風に堂々と待っていたあたり、自分の前では余計な仮面を被るのをやめたようだから。



「やっぱり君は、キリハ君以上に見所がある子だよ。僕が手を出さないギリギリを攻めてくるんだからさ。」



「そりゃあな。オレだって自分が可愛いし、そもそもお前と敵対したいわけじゃねぇから。」



 降参とでも言わんばかりに諸手もろてを挙げ、ルカはひらひらと手を振る。



 ちょっと頭が回れば、こいつを敵にする手が一番の愚策であることは、誰だって分かるだろう。

 眠れる獅子は、叩き起こさずに眠らせておくに限る。



 しかし、その獅子が敵サイドに興味を示している今、好きに遊ばせておくのもまた愚策。

 ならばもっといい餌をぶら下げて、獅子の興味をこちら側に引かなければならない。



 そして、このプライドの高い獅子が相手をするのは、己が対等に渡り合ってもいいと認めた人間のみ。



 運がいいことに、自分は出会った最初からそのお眼鏡にかなっている。



 自分がターゲットを彼に絞ったのは、そういった理由があってのことだ。

 キリハと並び立てるこの最強のジョーカーを、自分は自分の目的のために有効活用させてもらう。



「僕は、利用されるのが大嫌いなんだよね。」



「言われなくても分かってるさ。だからあくまでも、判断はお前にゆだねるつもりだ。ここからは、また新しい取引だな。」



「取引、ねぇ……」



「ああ。」



 言葉を重ねるほどに、ジョーの全身から漂う冷気が温度を下げていく。

 ルカは思わず苦笑した。



「そんなこえぇ顔すんなよ。化けの皮を剥がしてくれてる今のうちに訊いとくが……さっきの話を聞いて面白そうだと思ったから、わざわざここで待ってたんじゃねぇのか? オレの言うとおり、いい仕返し方法だろ?」



「………」



 その瞬間、ジョーの瞳に宿る苛烈さが増す。



 仮面を外すと、案外分かりやすい奴なんだな。

 思わずそう言いかけて、寸でのところでそれを飲み込む。



「先に言っておくが、オレは別にお前の上に立とうとは思ってない。オレも他よりは頭が回る方だとは思ってるけど、知恵や戦略でお前に勝てるわけがねぇからな。」



「そりゃどうも。この僕を飼い慣らそうなんて……馬鹿な凡人どもみたいな発想は持ってないようで安心したよ。」



「馬鹿な凡人ども……なかなか、物言いが痛烈だな。だけど、嫌いじゃねぇぜ。むしろ、その意見には完全に同意するわ。」



 ルカは笑いながら、肩に下げていたかばんの中に手を入れる。



「そういうわけだ。お前がこっち側につくって決めてくれりゃ、それ以降の主導権はお前に渡すよ。オレのことは、お前の手駒として都合よく使え。便利に動いてやる。」



 そう告げたルカは、鞄からとある物を取り出した。



「とりあえず、わざわざここまで来てくれた礼だ。―――これ、なんだと思う?」

「………っ!!」



 大きく目を見開くジョー。

 そんな彼に、見せつけたそれを放り投げてやる。



「交渉は改めて、役者が揃ってからやるとしようぜ。いい答えを期待してるから―――よくよく考えといてくれ。」



 それとなくジョーを押しやり、車の運転席に身を滑らせる。

 そして彼をその場に置いたまま、エンジンをかけて車を発進させた。



「………」



 ぽつんと一人。

 オレンジ色の光で照らされる空間に取り残されたジョーは、無言のまま、自分の手に収まったそれを睨みつけていた。


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