同じ境遇
フールの向こう見ずな注文によるとばっちりは、さっそくキリハを襲った。
ルカが自室にこもって出てこないのである。
誰が声をかけにいっても門前払いだし、昼食にも顔を出さなかった。
カレン
昨日までなら特に困ることもなかったのだが、今は単独行動を禁じられている状態だ。
時々、義理程度には様子を見にいくことにした。
走り込みにいくにもルカを置いて宮殿を出るわけにいかないし、シミュレート訓練は苦い気分になるのでやりたくない。
つまるところ、暇なのである。
義務と言われて招集された割には、基本的な訓練メニューさえこなしていれば、それ以外は案外自由な日々。
ここに来ていいことだと思えたことが、ここで裏目に出るとは。
(なんでこんなことに……)
ルカの部屋のドアの近くに寄りかかり、キリハはこの日何度目かも分からない溜め息を零す。
いちいちドアをノックするのも面倒なので、こうやってドアの隣で人の気配を
まあ、声をかけたところで、ルカは頑なに部屋から出てこようとしないのだけど。
おそらく、今日はもう誰とも顔を合わせる気がないのだろう。
まったく、命令された初日からこれとは。
これからどうしようかと考えていると、廊下の曲がり角から誰かが出てくるのが見えた。
掃除用具を持った少女だ。
彼女の進行方向がちょうどこちらだったので、キリハはいつもの笑顔を浮かべて手を振った。
「やっほー、ララ。今日もお疲れ様。」
声をかけると、キリハに気づいたララはパッと表情を輝かせた。
彼女は以前に、自分がルカからかばった子である。
あれ以来ベルリッドも含めて仲良くなり、今ではこうして気軽に話をするようになっている。
「キリハさん、こんにちは。」
嬉しそうに近寄ってくるララ。
「ごめんね、仕事中に。」
言うと、ララはふるふると首を横に振った。
「いいえ、とんでもありません。これを片づけたら休憩なんですよ。」
「ああ、そうだったんだ。」
相づちを打って、キリハはララの手に下がるバケツをさっと取り上げた。
その拍子にバケツの中に入っていた水が跳ねて服を濡らしたが、キリハは構わず廊下を進む。
数秒後、呆けて立ち尽くしていたララが慌てて追いかけてきた。
「キ、キリハさん! だめですよ、そんな……」
「いいのいいの。このくらい地元じゃいつものことだったし、重いもんは男に持たせときゃいいんだって。ララの休憩時間がなくなったら大変だし、どうせなら片づけながら話そう?」
するとララは……
「……もう。キリハさんって、そういう人ですもんね。」
と、苦笑いしてキリハの隣に並んだ。
「でも、よかったです。ちょっと、キリハさんと二人で話してみたかったんですよ、私。」
「俺と?」
「はい。一つ訊いてみたいことがあって。」
「へえ。何?」
軽いノリで訊ねる。
その流れのまま会話が続くものだと思っていたが、返ってきたのは質問ではなく、まさかの沈黙だった。
振り返ると、ララは視線を下げて口をもごもごと動かしている。
「もしかして、訊きづらいこと?」
立ち止まってララに体を向けると、彼女はそわそわと落ち着きのない仕草で、歯切れ悪くも話し始めた。
「えっと……あの、噂で聞いただけなんです。いきなりこんなこと訊くのって、その……すごく、失礼だとは、思ってるんですけど……」
ララは周囲に人がいないかを念入りに確認し、意を決したように表情を引き締めると爪先を立てて背伸びをしてきた。
彼女の行動の意図を察して、キリハも身を屈めて耳を近づける。
間近から吹き込まれる、微かな囁き。
「なあんだ、そんなことか。」
キリハは破顔した。
「そうだよ。俺、父さんも母さんも昔に死んじゃったから。」
別に隠していることでもないので、キリハはなんでもないことのように答えた。
ララの質問は、自分が孤児院出身なのかという単純なものだった。
あんな態度をするものだから、もっと深刻なことなのかと身構えてしまったではないか。
聞かれても特に問題ない話だったので、キリハはまた歩を進める。
ララの方はというと、キリハの答えを聞いた瞬間に不安そうな表情を一転させ、今までで最大級の笑みをたたえた。
「実は、私もなんです。」
弾んだ声音の告白で、ララが何故こんな表情をしているのかが分かった。
そしてララと同様に、自分の中にも彼女に対する親近感が一気に湧き上がってくる。
「え、本当?」
同類に会ったという事実が、自然と口調を軽くする。
「はい! ここのお仕事って住み込みでできるしお給料もいいんで、施設への恩返しもできるなぁって思って始めたんですけど、まさかこんな所で同じ境遇の人に会えるなんて思いもしませんでした。あ、でも! お金のためだけに働いてるわけじゃないですよ!! 本当です!!」
「分かってる、分かってる。」
急に慌てふためくララを、キリハは軽やかな笑い声をあげながらなだめる。
すると、急にララの表情に影が差した。
「あ……すみません。こんな話で盛り上がっちゃって…。不謹慎ですよね。分かってはいるんですけど……」
「いや、気にしないでよ。俺も結構、嬉しかったりしてるからさ。」
ここに来てから孤独感や疎外感を抱いていたわけでないが、こうして同じ環境下で育った人間が近くにいると思うと気が楽になる。
自分がそう感じているのだからララがそう思っても当然だし、誰だって仲間を見つけたら嬉しいに決まっている。
「そう言ってくれると助かります。はあ、でも……なんだか、キリハさんの性格に納得しました。孤児院って、なんかこう……〝差別とかしてる暇があったら、仕事を手伝えー〟って感じですもんね。」
「ははっ、確かに。くだらないことしてると、先生が鬼のような形相で追っかけてくるもんね。」
「そうそう。やっぱり、どこも変わらないんですね!」
遠慮がちだったララに、また嬉しそうな声と表情が戻ってくる。
「私、二年前に孤児院を出たんですけど、懐かしいなぁ…。こんな話、同じ立場の人としかできないじゃないですかぁ……」
「確かにね~。」
「分かってはいたんですけど、こう妙に寂しくて。」
「うんうん。なんか、あの空間を出るとちょっと物足りない気分になるよね。」
「分かります? 何なんでしょうね? 孤児院にいた時は、早く自立しなきゃって思ってたんです。そしたら自由も
「あ、分かった!」
キリハはにやりと口の端を吊り上げ、ずばりと指を立てた。
「うるささが足りない。」
「そうなんですよーっ!!」
ララが勢いよく、キリハの手を両手で握る。
そのまま数秒間停止し、二人は盛大に笑った。
「あー、笑った笑った。まさかここで孤児院の話ができるなんて。」
「私もですよ。こんな楽しい気分久々です。」
「俺も。……おっと。」
ちょうど階段を下りたタイミングで誰かにぶつかりかけたので、キリハはさっとララをかばう。
そこには、濃い紫色の制服に身を包んだ男性が二人いた。
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