問われる覚悟

 薄暗い一室。

 初めて足を踏み入れたそこは、まるでドラマに出てくる秘密基地のようだった。



 いくつも並んだディスプレイにはそれぞれ別の情報が映し出されていて、リアルタイムで数字や映像を更新中。



 バックで様々なプログラムが自動処理をしているらしく、下手に触れないようにと重々に注意された。



 それ以外にも無線やらカメラやら、数えきれない量の機械がコードで連携されていて、各々おのおのの役割を粛々しゅくしゅくとこなしている。



 決して機械音痴というわけではないけれど、さすがにこれら全てを操作することはできない。



『君の覚悟を買って、特別に入れてあげるんだからね。しれっと入ってきちゃうキリハ君とあの人を除外すれば、この部屋に入ることを許可するのは君が初めてなんだ。―――この意味、分かるよね?』



 呆気に取られる自分にかけられた言葉。

 それを思い出しながら、サーシャは目の前の机に置かれた箱を見つめる。



 急にかかってきた、知らない番号からの着信。

 おそるおそる電話に出てみると、相手はキリハと仲良しのオークスだった。



 覚悟があるなら、五分以内に自分の研究室へ。

 自分も事情は分からないから、詳しい話は君を呼び出している悪魔本人に聞いてくれ。



 自身も戸惑っている様子で言いながら、オークスは数秒で電話を切った。



 この状況で自分を呼び出す人なんて、一人しかいない。

 すぐにピンときて、着の身着のまま、携帯電話だけを握り締めてそこへ向かった。



『ああ、来たんだ。とりあえず、第一関門はクリアってことにしといてあげるよ。』



 息を切らせて飛び込んだ自分に、彼は興味なさそうにそう言って、すぐにせわしなく手を動かし始めた。



 いつもの紫色の制服ではなくて、真っ白な衣に身を包んだ彼。

 真剣な表情で彼が操っているのはパソコンではなく、大量の薬品と実験器具。



 キリハを助けてほしいとは頼んだけれど、この人は何をしているのだろう。

 まるで別人のような彼に、自分は戸惑うしかなかった。



 だけど、彼の手腕は見惚みとれるほどに鮮やかだった。



 ほとんどが透明や白の液体や粉末の違いは、自分には到底分からない。



 彼はそれらを迷いなく手にとって混ぜ合わせてはあらゆる機械に放り込んで、加工が終わったそれにカラーマーカーで小さな目印をつけておく。



 彼にとっては、それだけで十分なのだろう。

 どんどん増えていく試験管やビーカーにフラスコたちを、彼はやはり迷いなく処理していった。



 途中で何度かオークスが手伝いを申し出ていたが、彼はそれを秒で拒否。

 彼いわく、今は計算式や成分表を紙に書く時間もわずらわしいとのことだ。



 それでもオークスは長年の経験を頼りに、察せられる範囲で最大のアシストをしていたように見えた。



 そして彼の方も、オークスの作業がはかどるように意識してか、ちょっとした隙に薬品の配置を絶妙に変えていた。



 まさか、彼にこんな一面があったなんて。

 どうして彼がこんな行動に出ているのかはさっぱりだったけれど、とにかくすごいことだけは伝わってきた。



 そうして作業が一区切りつくや否や、彼は自分と薬品を連れて車に乗り、とある場所へ。

 その車内で、驚くべき彼の目的を聞かされた。



 到着したそこにはたくさんの人々がいて、彼を見た誰もが目をまんまるにしてびっくり仰天。



 その一人ひとりを『下手に突っ込んだり、このことをしゃべったりしたら殺す』と脅して、彼はそこでの処理を押し進めた。



 最後にこの部屋に自分と薬品を残して、彼は見張りと共にここを去っていった。



「………」



 箱の中から大きな注射器に込められた薬品を一本取り出して、サーシャはそれをじっと見つめる。

 そして次に、現在進行形で細かな数字とグラフを刻んでいるディスプレイに視線を滑らせる。



『三時間に一度か、あの数値が警戒域に入った時に必ず一本。疲れて熟睡したりして、一度でも投薬を忘れたらゲームオーバー。即座に君を、助手から外させてもらうからね。』



 ぞっとするような無表情で突きつけられた言葉が、生々しく脳裏によみがえる。



『僕がいかに集中できるか……そして、キリハ君を救えるかどうかは君次第だ。―――できる?』



 最後の一言をなぞると、意識せずとも背筋が伸びた。



 きっと大丈夫。



 眠ってしまっても起きられるように、数値が警戒域に入ったら爆音で知らせてくれるようになっている。



 自分が席を外していた時のために、連携させた携帯電話に通知が飛ぶようにもしてくれた。



 食事や着替えも、彼が全部手配してくれることになっている。



 自分をあんな風に脅しながらも、彼は自分が失敗しないように、打てるだけの手を打っていってくれた。

 お膳立てには十分すぎる。



 ―――やってみせる。



 これは、自分に与えられた最大のチャンスなんだ。

 全身を襲う恐怖なんか、踏み倒して乗り越えてしまえ。





(私は今度こそ、好きな人をちゃんと支えるんだから!)




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