竜使いだから……
「あ、やっぱりここにいたのね。」
開いた扉の隙間から室内を覗き込んだサーシャとカレンは、二人揃って安堵の息をついた。
二人の視線の先には、ドラゴンの首に腕を回して目を閉じているキリハがいる。
「ほーんと、よっぽどあの子たちが好きなのね。」
カレンが苦笑混じりで言うので、サーシャも彼女と同じように眉を下げて笑った。
何度か部屋を訪ねてみたが、いつまで経っても応答がなかったので、心配になって捜してみたらこれだ。
扉が開いても反応しないあたり、おそらくもう眠っているのだろう。
今日は、ここで夜を明かすつもりなのかもしれない。
「一緒に眠れるくらい、お互いに気を許してるってことなんだよね……」
暗い表情で視線を落とすサーシャ。
「ねえ、カレンちゃん。」
「何?」
「何が、正しいことなんだろうね……」
それは、今朝からずっと考えていることだった。
『……でも、あの子たちを諦めることが正しいの? それがみんなにとっての正しい選択なの?』
あの時、キリハがルカに向かって投げかけた言葉。
それが自分の足を止めた。
キリハが苦しんでいることは知っていた。
普段の訓練の傍らでドラゴンの世話を一人で背負い込んで、心身共に疲れていることも感じていた。
優しくて純粋な彼が、ドラゴンを実験動物扱いされたことに、どれだけのショックを受けたかも察せられる。
だから追いかけた。
何を言えばいいのかは分からなかった。
でも、あの時のキリハを一人にしてはいけないと思ったから。
なのに、足が動かなかった。
分かるつもりがないなら、最初からそう言ってくれと。
そう訴えたキリハに、何も答えられなかった。
自分は臆病だ。
ドラゴンのことは怖い。
でも、キリハを傷つけると分かっていて、ドラゴンのことを否定もできない。
だから何も言えずに、皆の話を聞くことしかできなくて。
結果的に、そんな態度が一番キリハを苦しめていたのだと。
切ないキリハの声を聞いて、唐突に理解してしまった。
あの場に飛び込んでいっても、キリハを余計に傷つけるだけ。
そう思うと足が床に縫い止められてしまったように動かなくて、ルカにキリハを押しつける形になってしまった。
『……ごめん。八つ当たりだよね、こんなの。』
返答に窮していたルカに対し、キリハは覇気のない口調でそう告げた。
ゆっくりと顔を上げたキリハは、ルカの遥か後方にいた自分とカレンに気付いて……
そして――― 今にも泣きそうな顔で笑ったのだ。
今回の件については皆、自分の手には余るからと思って発言を
自分たちだってそうだ。
自分には関係ない。
どこかでそう思って、知らぬ存ぜぬといった態度を取っている。
それなのに、キリハはこちらを責めることはしなかった。
『心配かけてごめん。ありがとう。』
どう見たって無理をしている笑顔で、自分たちを気遣ってそう言ったのだ。
本当は、すぐにでも追いかけて支えたかった。
でも自分には、キリハの隣に立つために必要な答えがなくて―――
肩を落として去っていくキリハの後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。
「………ごめん。やっぱり、分からないのよね。」
しばしの沈黙を経て、カレンは大きな溜め息を零しながら告げた。
「ドラゴンって、すっごく怖いよ。足を怪我して動けなくて、ドラゴンが目の前に来た時、〝ああ……あたし、死んじゃうんだな〟って思った。怖くて怖くて、それでもルカが助けに来てくれて嬉しくて、ルカと一緒なら……って思ったりもしたの。……でもね、今は怖くない。」
「……え?」
思ってもみなかったカレンの言葉に、サーシャは思わず首を巡らせる。
カレンの目は、キリハに寄り添うドラゴンたちに向けられていた。
「不思議でしょ? あんなに怖い思いをしたくせに、あのドラゴンたちを怖く思えないの。キリハが言ってたこと、あたしにもなんとなく分かる。多分あのドラゴンたちには、あたしたちに敵対するつもりも、あたしたちを騙すつもりもないと思う。……でもね。」
そこで曇るカレンの表情。
「こう思うのって、もしかして……あたしたちが、竜使いだからじゃないのかな? あたしたちに流れてるドラゴンの血が、そう思わせちゃうのかもしれない。」
「!!」
その推測に、意識しない内に血の気が引いてしまった。
ドラゴンから視線を離したカレンは、自分の両手を見つめて複雑そうな表情をたたえる。
「もしそうなんだとしたら……あたしは、そっちの方が怖い。あたしはやっぱり普通じゃないんだって、そう言われてるみたいで…。だからあたしは、キリハみたいに堂々とドラゴンに味方することなんてできないかな。でも、だからといってドラゴンを殺すのかって訊かれると、これまた答えられないんだけどね。あはは。我ながらずるいなぁ、とは思うけど。」
微かに滲んでいた恐怖をすぐに取り下げて、おちゃらけたように舌を出すカレン。
でも、これが彼女なりに精一杯考えた意見なのだということは伝わってきた。
「ずるいなんて、そんなことないよ。」
サーシャは静かに首を振る。
「カレンちゃんはすごいよ。ちゃんとキリハのことも、ドラゴンのことも考えてるんだもん。私なんて……」
サーシャは持っていた毛布をぎゅっと握る。
「私なんて、キリハが信じるならそう信じようって思っただけだもん。」
「……それは、相当な色眼鏡ね。」
「あう……わ、分かってるもん。」
呆れ口調でばっさりと言われ、返す言葉もない。
「でも、好きな人のことは、どんな時でも信じていたいから。」
サーシャはキリハを見つめる。
正直自分には、ドラゴンのことを考える心の余裕はない。
だからやっぱり、何がどうあることが正しいかなんて分からないし、カレンのように自分の考えをはっきり述べることもできない。
それでも、この気持ちにだけは嘘はない。
だから―――
「サーシャ?」
突然姿勢を正したサーシャに、カレンが怪訝そうに声をかける。
そんなカレンが見つめる中、サーシャは深く息を吸って吐く。
「よし。」
腹に力を込めて、そう一言。
次の瞬間、サーシャは
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